Puppy Loving You…

□U
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「占い学は、この世で最も不可思議で、曖昧で、見る者に時に知恵を与え、時に破滅をも招きます。さあ、心を開いて……水晶玉の向こうに何が見えますか?」

芝居がかった口調で一人、占い学顧問のトレローニー教授がしんと静まり返った教室に問い掛ける。
宙にかざした手の、指の隙間にどんなビジョンを見ているのか。
くゆる紫煙、エスニックな香の香り。
澄み切った水晶玉の奥に映る歪んだ世界。
特徴的な丸眼鏡の向こうで見開かれた眼がきょろきょろと教室内を見渡す。

「未来は見えたかしら?」

教室のどこかですうすうと安らかな寝息が聞こえる。
答えるものはいない。
午後の占い学の授業はよほどの勉強熱心か、最初からそのつもりで来ている暇人しかいないのである。

「ではあなた、あたくしと一緒にやってみましょう。あなた、お名前は?」

「リジー・ヴァンクス」

「ミス・ヴァンクス、何か見えますか?」

「ええっと……」

目を凝らして水晶玉をじっと睨みつける。
この教室には厳密に言えば三種類の生徒が入り混じっている。
一つは、サボり。
もう一つは、三度の飯より勉強好き。
さらにもう一つは、恋煩いに悩む乙女たちだ。
いつの時代も占いや謎めいたものに乙女心は惹かれるらしい。
どこからか聞きつけた耳の早い級友に勧められ、恋愛相談と称して半ば強引に連れてこられたのだ。

「錆びた歯車が見えるわ、あとは……緑色の、オレンジかしら?」

「錆びた歯車は不和の象徴、つまり、あなたは今人間関係で悩んでいる、違って?」

自信たっぷりに尋ねた教授に、リジーは曖昧に首を傾げた。

「もう一つの象徴は、あなたの人生に大きな影響を与えるもの、明日か、来年か、もしくは十年後かに」

「はあ……」

随分と突飛な話だ、熟れてもいないオレンジに人生が左右されると言うのだから。
リジーは剣呑な眼差しで水晶玉と丸眼鏡を交互に眺めた。

「良いものが必ずしも良いとは限りませんように、占いもそうです。運命の星が指し示すのは北か、南か、はたまた東か西か。運命を読み誤るなら破滅の荒野が待ち受けています、しかし正しき方角を見出すならば幸福の家を建てるでしょう」

―――

ぱりん、か細い悲鳴のような音を立てて透明な試験管があえなく割れる。
硝子に混じって、中の液体が床に溢れだす。
鋭い繊細な硝子片が指先を浅く切りつけ、真赤の血が滲む。
溢れた液体が流れだし、床を滑る。
籠から逃げ出した火ねずみが一匹、足元を横切った。

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