Puppy Loving You…

□V
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「出向……ですか」

リジーは不思議そうに呟くと、説明を求めてテセウスを見つめた。

「この時期に?」

今は年度の真っ只中なのに、人事異動だなんて。
まさかとは思いつつも、頭に浮かんだ「左遷」の2文字。
咄嗟にここ最近の自分の行いを振り返る。
仕事で大きなミスはなかったはずだ、遅刻もしてないし、勤務態度には気をつけている。
あと考えられるのはもう、気づかないうちに上司の不況を買ったかだ。
心当たりと言えばこの前の茶会ぐらいだが……。

「えっと……それはつまり、いわゆる――」

「アメリカ合衆国魔法議会――MACUZAに調査官として赴いてほしい」

ひとまず左遷でないことに安堵し、新たな疑問に思わず眉をひそめた。

「私が?」

「是非に」

リジーはぱちくり目を瞬かせる。
椅子に座るよう勧めてから、ティーセットがひとりでにお茶の支度を始めると、テセウスは神妙な面持ちでこう切り出した。

「一昨日、リタ・レストレンジを保護した」

思わず「えっ」という小さな声が漏れた。
いつ、どこで?保護と言うからにはやっぱり信奉者じゃなかったんだ。
安堵すると同時にふと気づく、なぜそんな大事な情報が局内で共有されてないのか。
闇祓いたちは今もリタの行方を探し続けているのに、見つかるはずもない。

「一昨日、ですか?」

「一部の人間しかまだ知らない事実だ、完全な身の安全の保証がされるまで」

「身の安全って……彼女は一体何を?」

「グリンデルバルドに開心術を使ったんだ、今頃は血眼になって彼女を探してるだろうね」

テセウスは蔑むように鼻で笑い、優雅な所作でティーカップに口をつけた。
リジーは驚きのあまり言葉を失った。

「アメリカに行って、とある男の子を探してほしい。グリンデルバルドの次の狙いはその人物だ、奴より先に見つけて先手を打つ」

「……その男の子というのは?」

テセウスは数秒言いよどみ、深くため息をついた。

「……アーチボルド・レストレンジの実の兄と姉の子供だ、本来ならばリタのいとこに当たる」

「……兄と、姉?」

思わず耳を疑う、「今でも無い話ではない」とテセウスは低い声で呟く。

「杖を折られ、ファミリーツリーから"枝落とし"された母親は、アメリカでマグルとして子供を産んだ。でも、血が濃すぎたんだろうな……出産に耐えきれず、その後すぐ母親が亡くなって、たぶんどこかの孤児院か教会に引き取られたと思うが……」

「……確証は、あるのですか?」

「分からない、目元が母親によく似ていたと彼女は言ってたが……20年も前の話だ、正直一か八かの賭けでしかない」

「……では、MACUZAとの合同で――」

「――いや、あくまでもここだけの話にしておいてほしい。グリンデルバルドは既にアメリカにも内通してる可能性がある」

「そんな……まるでスパイじゃありませんか」

テセウスの言葉にリジーは動揺した、彼の口からそんな言葉が出るとは思ってもみなかったからだ。

「私には荷が重すぎます……それに、もし外交関係に影響したら――」

「君だって情報屋の一人や二人いるだろう?」

「でも無茶ですそんなの!顔も名前も分からない人間を見知らぬ国で見つけ出すなんて……」

「だが今や国際魔法使い連盟でも1番の国はアメリカだ、どっちみちグリンデルバルドは必ずアメリカから攻撃を仕掛けるだろう。これを逃したら……次は戦争になる」

テセウスは興奮した様子で僅かに頬を紅潮させながら早口で言った。
戦争、その一言に漠然とした恐怖が淀んだ霧のように胸の奥に広がる。

「でも……私には無理です……」

リジーは小さく首を横に振り、唇を噛み締めた。
自分より経験豊富で優秀な魔法使いは他にも大勢いる、そう口にしかけてやめた。
内心、怖くて怖くて、闇の魔法使いに敵うわけがないと思っていた。

「……僕は、ただ単に技術や経験の量から君を選んだんじゃない」

「え……?」

テセウスは紅茶を一口啜り、ティーカップの中で揺蕩う赤い水面をじっと見つめていた。

「……これでも、上司がこんなことになってショックを受けてる方なんだ。彼には子供の時から世話になってたから」

弧を描いてにこりと微笑んでみせる彼は、どこか痛々しい。
テセウスの言う彼というのはリタの父……アーチボルド・レストレンジのことだろう。

「裏切られたみたいな気分だよ、正直今はまだ誰も信じられない……部下でさえも」

「局長……」

「すまないね。最初は弟に頼もうかと思った、よく知ってるし、昔からものを探すのは得意だ……でもあの子は……嘘が下手すぎる、分かるだろ?」

リジーは小さく微笑んでええ、と頷いた。

「君は賢い、勇気もある。どうせいつか身内になる仲だ、信頼できる人は有能な人よりも貴重だと僕は思う。それに……」

「君にこの国は狭すぎるだろう」とテセウスは首を横に振って言った。
きっと噂のことだろう、こんな所まで届いてたなんて。
リジーは困惑していた。
そもそも仕事以外でじっくり話したのはこの前が初めてだというのに、たかが数十分話しただけで何が分かるというのか。

「考えさせてください……」

もちろん、と彼は頷き快く承諾した。
今すぐ結論を出すには考えることが多すぎた。

「……あの、一つだけお聞きしたいんですけど」

「うん?なんだい」

「もし、MACUZAに行くことになったら……猫を一匹連れてってもいいでしょうか?……置いては行けないので」

数秒の間、呆気にとられたように黙り込むと彼はふっと破顔した。

「いいよ、ぜひ連れて行ってあげて。君がいないと寂しがるだろうから」

「……ありがとうございます」

いつもの自信に満ちた英雄の笑みではなく、頬を綻ばせて咲った顔はニュートとそっくりで。
この人も、命を尊ぶ温かい人なのだと思った。
その時ふと彼の右手に注意が惹き付けられ、思わず目を瞠る。

「その指輪……」

「ん?ああ……婚約したんだ」

意外にもあっさりとした答えにリジーは拍子抜けした。

「……それは、おめでとうございます」

「ありがとう」

手を握ったり開いたりしながら指輪を見つめる彼はどこかぎこちない笑みを浮かべ、リジーの中でますます疑問は深まるばかりであった。

――

リジーが去った後、一人になった執務室で、少し冷めて温くなった紅茶を前にテセウスはじっと微動だにせず虚ろに遠くを見つめていた。
先程のやりとりから、彼女は了承するだろうとほぼ確信していた。
嘘は言ってないが、ああ言えばリジーはたぶん断らないと。
きっと、彼女が思っている以上に危険は避けて通れないだろう。
グリンデルバルドの中ではすでに戦争は始まっている、戦地の恐ろしさは行った人間にしか分からない。
アルテミスには殴られるだろうなと覚悟した。

「局長?だ、大丈夫ですか?」

あまりに動かないものだから、まさか死んでるのではとショーンが肩を揺さぶり、震える声で問いかけた。

「……ああ、なんでもないよ」

「気分でも優れませんか?癒師を呼びましょうか」

「うーん……傷心してるんだ、女性を泣かせてしまって」

そんなもの呼ばれたらたまらない、かと言って説明するにも困ったので適当にあしらうと、ショーンはぽかんと口を開けたまま拍子抜けしていた。

「君は僕のようになっちゃいけないよ」

命を尊び、公平な魔法界を夢見て、必死に勉強してきたのに。
こんな姑息な真似しかできないなんて、何が英雄だ。

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