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□MERRY BADEND
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身の危険を察知して振り返った時にはもう遅かった。

梯子を伝ってたった今降りて来た入り口には鉄格子が降ろされ行く手を阻んでいる。

明かり取りの小さな窓もない、外界から隔絶された地下深くにある秘密の部屋。

舌を伸ばして威嚇する不気味な蛇の道を突き進み、リドルが振り返って私に向かい、エスコートするように紳士然として手を差し伸べる。

「リジー、おいで」

目元を緩ませ、口元には優しい笑みさえ浮かべながら。

よく通るその声は部屋全体で反響して返り、絶対的な響きを持って私の脳を揺るがす。

その瞬間、催眠術にでも掛かったように脳は思考を止め、何かに突き動かされるように足が勝手に動き出すのを制御出来なかった。

足元でぱしゃんっと水溜まりが跳ね、水に映しだされた彼の姿がぐらりと揺らめいた。

いい子だ、リジー。
褒めてもらえたのが嬉しくて喜ぶ私は、尻尾を振って喜ぶパブロフの犬。

指先を私の髪に潜らせ、優雅な手つきで梳く。
白く繊細な指、でも私より長くて大きい男の人を意識させる手。

頬を包み込むもう片方の手はひどく冷えていて、温めようと彼の手に手を重ねた。

髪を梳いていた彼の指先からはらりと毛束が落ちる。

「リドル……?っ、」
ーー
「――名前を呼ぶようにと、前にも頼んだことがあったね」

君は本当に物覚えが悪くて困るよ。
気恥ずかしさに足元で彷徨わせていた視線が顎を上向かせられたことにより強制的にリドル、――トムと目が合う。
顎にあてがわれたのは彼の指ではなく、彼自身の杖。

頬を包む手が撫ぜるように降りていき、首筋に指を這わせ、親指にぐっと力が込もり的確に咽頭を締めつけてくる。

トム、やっとの思いで喉から絞り出した声はほとんど音にならずに掠れて消えた。
膝からなし崩れ、恐怖で情けなく肩を震わす私を見下ろし、トムはさも愛おしげに目を細めた。

「君が呼ばわると愚かなマグルの父親と同じ名でも、僕だけの特別な名前に聞こえる」

「トム、トムお願い……助けて……っ」

「僕は君のその恐怖に怯えて泣いてる顔が一番好きなんだ、へらへら笑ってる顔も可愛らしいとは思うけどね」

跪き、トムの足元に縋りよって慈悲を乞う。
それを見て彼は歪んだ笑みをたたえた、その瞳に情の色は垣間見ることも出来なかった。

「何でもするから、あなたの言うとおりにするからっ……お願い、助けて……」

ぽろぽろと溢れる涙が視界を滲ませる。
ローブが汚れるのも厭わず、膝を付いて目線を合わせたトムが指先で涙を拭う。

「君は何か勘違いしているようだけど、これは僕なりの謂わばプロポーズなんだけどな」

「は……?」

彼の口から発せられた場違いな言葉に思わず素頓狂な声を上げた。

「僕はいずれ大義を成す、歴代の偉大な魔法使いの一番上に僕の名前が刻まれる。その時が来たら再び君を蘇らせる。すべてを成し遂げた時、僕の隣にいるのはリジー、君だよ」

嬉しそうな笑みを浮かべて彼は言った。
彼を怖いと感じたことは今までにも無かったわけでは無いが、それとは比べものにならないほどはっきりとした恐怖を感じ取った。
――まるで、この世の闇そのもののよう。

「……嬉しくないのか?」

私が手を叩いて喜ぶとでも思ったのか。
笑顔を引っ込め、意外そうに、不機嫌に尋ねた。

「いや……死にたくないっ」

「死ぬんじゃないよ、君は僕の中で永久に生き続けるんだ」

「意味分かんない、トムどうしちゃったの、ねえっ」

肩を揺するも当然びくともせず、人形のように冷たい眼差しでじっと見つめるだけだった。

「そうか、理解してもらえず残念だ」

首筋に杖が突きつけられる感触が伝わる。
息を呑み、喉の奥でひゅーひゅーと浅い呼吸を繰り返す。

「最後に一つだけ」

愛してるよリジー、心から。
言い終えるや刹那、緑色の閃光が彼女を包み込んだ。



倒れ込むリジーの亡骸を腕に抱きとめ、恐怖に見開いた眼をそっと閉じさせた。

「リジー」

名前を呼んでも、もう彼女は応えない。
急速に冷えていく彼女の身体は自分の体温と馴染んでとても心地よく感じた。
顔に掛かった前髪を払ってやるとその額に自身の唇を押し当て口付けする。

「賑やかな君も好きだけど、こっちの方がずっといい」

彼は一人、自らが死にせしめた恋人の亡骸を抱きしめ微笑んだ。



――昔々、愛を知らないまま大きくなった少年がいました。

その少年は後にヴォルデモート卿と呼ばれ、その行いは邪悪で悪辣を極め、魔法界では知らぬ者のいないほど有名になりました。

そんな彼にも恐らく生涯でたった一人、心から愛した女性がいましたが、彼は愛するがゆえに自らの手で彼女を殺害し、サラザール・スリザリンの残した秘密の部屋に遺体を葬りました。

彼は生涯、その事を決して誰にも明かしませんでした。
故に今日まで彼女の死の真相はおろか、彼女の存在も世間には明かされておらず謎のままとなっています。

闇の帝王に愛された少女は、彼を愛し愛されたが故に罪を犯し、結果としてその身を滅ぼしてしまいました。

めでたくなし、めでたくなし。






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