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□泡沫の中で呼吸する
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「……っ、」

薬を染み込ませたガーゼでそっと足の傷に触れると、リジーが表情を歪め、息をつまらせる。
消毒薬が染みたらしい、出血は止まっているものの、見る者は痛々しさに思わず目を背けたくなることだろう。

「……ごめんね、ちょっとだけ我慢してね」

優しく気遣う言葉を掛けると、リジーは小さくこくこくと頷いて、椅子の背もたれにぎゅっとしがみついた。
その頬を、つうっと一筋の涙が伝う。
傷口から化膿しないように軟膏を塗って、包帯をきつく巻くと、足首のところを親指で撫ぜた。
なめらかな、つやつやとした感触が指先から伝わる。
それは太腿から脹脛、足首までに広がり、白く柔らかな肌の上に点々とある。
透明で一見すると分かりにくいが、光の下で見ると青や紫や、銀色に光って見えたりもする。
その美しさに、ニュートは小さく感嘆のため息を漏らした。
数日前までは単なる痣のようだったそれは、少しずつ、身体の一部として造られていった。
既に皮ふの代わりとして機能し始めているそれを、無理に引き剥がした痛みはどれほどのものだったろう。
人間と、人魚の血。
二つの遺伝子を持つリジーの身体は、彼女の意と反して成長していく。
直に彼女の足は立てなくなり、鱗に覆われ、魚の尾ひれとなる。
体内で骨が急速に形を変えていくのは、恐らく激痛が伴うことだろう。

「寒くないかい」

怖ろしくて自分の足を直視出来ないリジーのために、ブランケットを膝に掛けてやる。

「よしよし、痛かったね……もう大丈夫だよ、僕がついてるからね」

泣きじゃくるリジーをそっと抱き寄せる。
恐怖からか、この部屋のせいか、それとも。
少しひんやりとした身体を、温めるように腕の中に閉じ込める。
魚と同じように人魚もやっぱり、人間の体温は熱すぎるんだろうか。
触れられなくなるのは、困る。僕が。
何か対策を考えねば……。
ああでも、その前に。
水槽を用意しないと、彼女のための。
トランクの中でも退屈しないように、快適で、自由に泳げるように。
魚になったリジーが、水の中を優雅に泳ぐ姿はなんと美しいことだろう。
ああ……早く、そうなってしまえばいいのに。
薄い毛布越しに彼女の二本の足を擦りながら、心の中でそう願った。


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