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□cigarette
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「……煙草、吸われるんですか」
エレベーターのドアが閉まり、鉄製の箱がずうんと持ち上がって、一瞬目眩のような錯覚を覚える。
眉間に皺を寄せて気難しい顔をしていたその人は、一瞬の間の後に素っ気なく「ああ」と短い返答を寄越した。
「嗜む程度だ、それが何か?」
「いえ……」
狭い密室内の半径30センチの距離から微かに感じる、俗っぽい煙の匂いが何だかとても嫌だった。
余りにも低俗的で、議長の右腕とも言われる由緒正しい高潔なグレイブス家のパーシバル・グレイブスには似合わないと思った。
「それで、例の件についてだが、調べはついたか」
「はい、資料も出来ています。すぐご覧になりますか」
「いや……」
上着の内ポケットから真鍮の懐中時計を取り出して時刻を確認する。
「夜に時間を取る、いつものホテルを予約しといてくれ」
「……かしこまりました」
ベルが鳴る、エレベーターのドアがゆっくりと開く。
背筋をぴんと伸ばして、足早にすたすたと歩いていく後ろ姿に、心の隅っこが鈍く痛む。
「……前の、オーデコロンの匂いの方が好きでした」
振り返らないその背中に、ぽつりと小さく呟いてみるとまぶたの端から涙が溢れた。