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□Mother's Day
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ヴァルブルガ・ブラックは美しい女性だ。
絹のドレスを纏い、美しい細工の高価な宝石をたくさん持っていて、生まれながらにしてそれに見合うだけの立場と類まれなる美しさを有していた。
少女のような繊細さを持ちながら可憐な小さな花より、大輪のバラがよく似合う女性だった。
はとこ同士で若くしての結婚だったせいか、息子が二人生まれても彼女はどこか純粋無垢で、無邪気な面影が残る母親らしくない人だった。
世間知らずな娘……いや、どちらかといえば城の奥で隠されて育った王女か。
血を分けた息子の名前を、なんの躊躇もなく家族の一人から抹消できる人はそうそういない。
ブラック家の純粋な血統を守るためだけに人生を掛けた、王冠無き王妃。
彼女は元々誰よりも強い女性だったと思う、けれど一母親としては弱い人だった。
だがこの世に完璧な親など存在しない、オリオンとヴァルブルガもその一人だっただけのこと。
彼女は確かに夫と、二人の息子を愛していた。
その証拠に、家族も不安定な彼女を精一杯愛していた。
どこか歪な家族、けれどレギュラスにとってはそれが初めて知った愛だった。

「――お母さま、紫のバラの花言葉をご存知ですか?」

不意に何でもないふりして、ほんの少し声を弾ませながらレギュラスが尋ねる。
紫のバラ、気品と尊敬。
少女時代に読み込んだ花言葉の本を頭の片隅に思い浮かべながら、幼い息子には目を合わせて微笑みかけて接してあげようと、ヴァルブルガは読んでいた本から意識を外した。

「いいえ、教えてちょうだいレギュラス」

照れくさそうにまろい頬を染めながら背中に隠した小さな両手を差し出す。
そこにはきれいな紙を丁寧に折り重ねて作られた、一輪の紫色のバラの花が握られていた。

「大好きです!お母さま」

バラの花なんてブラック家の庭園にいくらでも咲いている。
それにヴァルブルガが持っている宝石に比べたら花の美しさなんて大したものではない。
けれど、小さな息子の手に握られた少し不格好な花の方が彼女の目にはそれら全てより何倍も美しく見えた。



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