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□祈り
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5.3 Twitter魔法夢ワンライ企画作品
「世界の終わりはあなたと共に」


もし、明日が地球最後の日なら何して過ごす?
いつもより早めに起きて、ちょっと気合い入れて朝食なんか作ったりして。
昔の友達に電話してみたり、お気に入りの本を読み返したり、夜は家族水入らずで「やっぱり実感湧かないよね」なんて言いながらゆっくり過ごす。
でもわたしのことだから、結局どれも果たせずに一日中おろおろしたり泣き喚いたりして終わってしまうのだろうなと思ったり。

「はっ、何だそれ」

セドリックは短く笑って、そうだなあと空を仰ぎ見る。
頭上は雲ひとつない青空、ではなく生憎の曇天。
春の向かい風が乱暴にブラウンの巻き毛をかきあげる。
彼のことだからきっと、最後までどこかの誰かを助けてあげたりしてるのだろう。
誰にでも優しく、義理堅く、人情味に厚く、争いを好まない。
そこに家族であれ、友人であれ、見知らぬ誰かであろうとも困っている人がいたらきっと戦場のど真ん中であろうと迷わず走って行く。
獅子のような勇敢さを兼ね備えながらも、彼は同情心からそれを発揮する。
だからこそ、多くの人間が自然と彼の周りに集まってくるのだ。

「昼まで寝て、家でゆっくりと父さんと過ごすだろうな」

「えー、意外と普通」

「世界の終わりなんてそんなもんだよ、きっと」

一日の終わりを寝てるうちに通り過ぎるような、いざその時になればその程度。
セドリックが言うとなぜだかそんな気がしてきた、未だ見たこともない世界の終わりの瞬間もそう恐れるようなことではないのだと。
今考えるとあれは、本当に強い志を持った人にこそ言える言葉だったのかもしれない。
一秒ごとにこの現実が夢であることを願う、美しいホグワーツの片隅に息絶えた友達が葬られるのを待っているこの地獄が。
あの恐ろしい三大魔法学校対抗試合の、彼を失ったあの瞬間から。
目が覚めれば普通に朝日が昇り、何事も無かったかのように日常がそこにあり、音楽隊のラッパとともに優勝杯を掲げたセドリックがわたしにキスをしてくれるのだと。
例えばハリーポッターのように、自分の正義を固く胸に抱いた人はどこか生き急いで危なげに見える。
けれどセドリックは、ただひたすら友情と家族への忠誠だけを胸に、その背中はいつも誰よりも強かった。

「セドリック……どうか守って、わたしたちの命を」

小さな色褪せたロケットの中で微笑む彼に祈ってキスをする。
死は眠りのようなものだという、誰もが希望を失ったこの終わりの世界でセドリックは安らかに墓の下で眠っている。
何も恐れず、思い煩わず、誰にも邪魔されず、この悪夢を彼が目にすることがなかったことがわたしにとって唯一の救い。
そして一つだけ、わたしには揺るぎない確信がある。
誰もが死を覚悟し、いっそ殺してくれと祈っているこの現状は、まだ世界の終わりではないということ。
わたしは杖を固く握りしめ、前線に進み出る。
世界の終わりとは、思ったよりも些細な出来事なのだ。



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