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□簡単たのしいマグル式ケーキの作り方
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授業のない日曜の午後三時。突然、火災報知器のベルが鳴り響き耳をつんざくようなけたたましい悲鳴が上がった。
教室に留まって呪文学の教授を手伝いながら前日に行った小テストの採点をしていたところ驚いて飛び上がり、慌てて廊下に出る。階下に降りる階段の方から焦げくさい匂いがした。
「まさかキッチンで火事!?」厨房は地下にある。ホグワーツで働く屋敷しもべ妖精が毎日そこで全校生徒と職員合わせて千人もの食事を毎朝昼晩と作ってくれているわけなのだが、彼らはプロなので当然火の取り扱いには慣れているし日頃から充分気をつけてもいる。だが万が一の危険性は何事においても必ずあるものだし、地下は扉も窓も小さくて換気が悪くすぐに煙が充満してしまう。おまけに厨房のすぐ隣はハッフルパフの寮がある。すぐに寮生たちのことが心配になった。
採点途中のテストを投げ出し、ほかの先生方と一緒に急いで地下へ駆け下りる。有毒ガスを吸い込まないよう顔の周りに防護呪文をかけて煙が充満する中をかきわけながらなんとか進み、寮にいるハッフルパフの生徒たちの保護と避難誘導はほかの先生方にお任せし、わたしは火元と思われる厨房の方へ向かう。
最悪中は火の海であることも想定しながら意を決して、討ち入りごとく大声を上げながら突入するなり、頭上に天井いっぱい覆い尽くすほど巨大な雨雲を作り雨を降らせ、扉と窓を全開にして魔法で風を起こし強制的に空気の流れを作って室内に充満する煙を外へ追い出した。
あの時のわたしは我ながら、一生に一度っていうくらいとても勇敢だったと思う。

すべてが終わるとだんだんと煙が薄れ、ほとんど何も見えなかった視界が開けて室内の状況が見えるようになってきた。
そこにいたのは、頭から水をかぶってびしょ濡れになったダンブルドア先生と何人かのハッフルパフの生徒たち。

「あなたたち!ダンブルドア先生まで!一体何をなさってたのですか!?」

魔法を解いて直接空気に晒されると、焦げくささに混じって砂糖が焦げるような強烈な甘い匂いが鼻をつく。
頭をおおっていた防護呪文のせいで音が聞きづらくなっていて分からなかったが、わたしがキッチンに突入した時からずっとそこにいたらしい。全員髪から水を滴らせゴホゴホと咳き込みながら背中を丸めている。彼らの目の前にはオーブンの中でなにやらモクモクと煙を吐く固くて黒い謎の物体があった。

「ゴホッ、ゴホッ……やあ先生、お騒がせしてしまったようで申し訳ない。この通り全員無事ですよ!」

「理由を説明してください」

「ダンブルドア先生が」「僕たちケーキを焼こうとしてて!」
興奮した生徒たちが口々にそう言って騒ぐのをピシャリと一蹴する。
「あなた方には聞いてません、わたしはダンブルドア先生にお伺いしているのです!先生方が心配しておられるから早く寮にお戻りなさい!」

すごすごと大人しく寮に戻っていく生徒たちを見送ったあとで、わたしは心底面倒くさいのを堪えながらどうやら今回の騒動の犯人らしい人物に向き直った。
「教師が学校で火事を起こすなんて!」ホグワーツが誇る偉大なる魔法使いで、教師であり、上司でもあるこの人にまさか説教をする日が来るとは誰が想像できようか?
「アチチ」先生はサイズの合わない大きなピンク色の鍋つかみを手にはめて、真っ黒に焦げたケーキの成れの果てをオーブンから引っ張りだそうとしている。

「一体全体何がどうなってこうなったんですか?」

「ふむ、オーブンの温度を間違えたかな?」

「わたしがお聞きしたいはそういうことではなく――手のソレはなんです?」

黒焦げをなんとかオーブンから取り出すことに成功し、ミトンを外した彼の手を見て思わずギョッとした。両手首に嵌められた銀の輪は魔法省が要注意人物の監視などに使うアドモニターだ。まだまだ若手とはいえ彼女も一介の魔法士、ホグワーツという魔法界一のマンモス校に務める教師である。当然それが何であるかくらい知っていた、聞きたいのはなぜダンブルドアがそれを――その手にはめられた経緯である。
しかし困ったことにこの方はいつも肝心なことに限って教えてくれようとしない、それどころか笑って誤魔化しうやむやにするという悪癖をお持ちであった。そしてその悪癖は今回も遺憾無く発揮された。

「トラバースはどうやら私の事が気に食わんらしい。まあ私自身ちょっとばかし苛め過ぎた自覚はあるのでね、文句も言えまいよ」

「またお戯れを……」ため息をつきたくなるのをぐっと堪え、大きく息を吸い込む。

「そうカッカなさらずとも先生、私は私でこの状況をなかなか楽しんでるんだよ。便利な魔法にばかり頼らず、不便な中でも心地よく快適に過ごす術を見つけるのも、生徒たちや我々魔法使いにこそ必要な知恵だとは思わないかね?マグル式のケーキの焼き方とか」

「おかげでうちの教師がケーキを焦がして危うくボヤ騒ぎになったと、魔法省に苦情を入れます」

「面目ない……」

口では反省しつつも、茶目っ気のある青い瞳はいたずら小僧のように溢れる笑みを隠しきれていない。
いくら監視をつけて制限を課されていようと、もしいまここで本当に火事が起こったとしても、この人の手に掛かってしまえばどうとでもできるのだ。たとえオーブンが爆発して溶岩が吹き出ようと、生徒全員連れ無傷のまま涼しい顔してひょっこり姿を現したことだろう。
だから怒ったところで仕方ないことだとは分かっていながら、それはそれでなんだか腹が立つので今日くらいは怒っていいと思う。だってこっちは寿命が縮むような思いをしたのだ。

「ダンブルドア先生は十点……いや、百点減点です!」

「はい、反省します」

「ほんとに反省してください!」

「ハハ、悪かったよ。お詫びに、ケーキはないけど一緒にお茶でもいかがかな?」

仕事においても魔法においても人生においてもあらゆることにおいて経験豊かで尊敬に値し、おまけにおしゃべり上手の彼直々のお誘いを断る理由なんてない。
お茶なんて別にあってもなくてもいい、それよりアルバス・ダンブルドアとの実りある会話と時間はなによりも魅力的であった。
二つ返事で頷きかけたのをぐっと堪え、お利口で素直じゃないわたしはいかにも教師というように気難しい人格を気取って――というよりは反抗期を迎えたばかりの子どものようにつんけんとかわいくない態度をとって、びしょ濡れになって下手なパティシエの振りなんてしているその人にタオルを渡しながら

「まず、身なりを正してください」

と、マニュアル通り服装について指導するのであった。



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