ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
□雲一つない空に
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ギィ…と重い扉を開くと、本の香りが胸いっぱいに広がる。
ジョシュア様に任された調べ物のために訪れた図書室だが、自分自身、ここの雰囲気はとても好きだ。
目当ての本を早々に見つけ、特に意味もなく辺りを見回したその時、閲覧スペースに見慣れた姿があるのに気付いた。
(あれは…)
図書室である以上声を出すわけにも行かず、そっとその背中に近付き、声をかける。
「調べ物ですか?」
「わっ…ジャンさん!」
振り返った彼女の行動は予想通りで、ふっと笑って少し声を抑えるよう身振りで伝える。
あっすみません…と小さく呟いた彼女の手元には、まだ途中だと思われるデザイン画や資料が広がっていて。
「お仕事でしたか」
「はい、次の服のためにまた色々勉強しておこうと思って」
その答えに納得したように頷くと、彼女は穏やかな笑顔を浮かべ小さめの声で続ける。
「ジャンさんは、ジョシュア様のおつかいですか?」
「そうですね…急ぎではないのですが、他の仕事もあるのでそろそろ戻らないと」
「大変ですね…頑張ってください」
優しい声と笑顔に癒され、少しだけ…触れたくなってしまった気持ちを静かに抑える。
「ありがとうございます、…では」
そう言い残し、彼女に背を向けたその時…ひかえめにスーツの裾を引かれ、立ち止まる。
振り返ると、彼女は自分でも驚いた様な表情を浮かべ、パッと手を離してしまった。
「ご、ごめんなさい!何でもないです」
(…きっと、自分が忙しいばかりに、色々我慢させてしまってるんだろう…)
申し訳なく思うのと同時に、彼女への愛しさが溢れて、そっと、その髪にキスを落とす。
「えっ…ジャンさ…」
「…今夜、部屋に行くから…待ってて」
額を押さえ真っ赤になった彼女の耳元で、彼女だけに聞こえるように囁くと、恥ずかしそうに頬を染め頷くのが分かった。
その様子に思わず笑みがこぼれてしまうが、すぐに〈執事〉の顔を作り直して、扉の方へ踏み出す。
「では…行ってきます」
「…はい、頑張ってください」
優しい彼女の笑顔に送り出されながら、今度こそ図書室を後にする。
ふぅ、と息をついて見上げた淡い夕焼けの空は雲一つなく。
今夜現れる『中秋の名月』が、美しく見られるであろうことを予感させていた。
fin