ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

□桜色の思い出
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美しく咲き誇る桜の木の下。

幼い頃の私は木の根に足を取られたのか、転んで泣いていた。

するとそこへ、そっと誰かが近づいてくる。


「おい…大丈夫か?」


まだ幼い…だけどどこか大人びた男の子の声。

しかし私は顔を上げることなく、ぶんぶんと首を横に振るだけ。

男の子は困ったように私を見つめ…そしてそっと私の前に腰を下ろした。


「…泣くなよ…俺は…」



*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*



ふと目を開けると、見慣れた天井が目に入ってくる。

窓の外は夕日でオレンジに染まっていたが光が眩しくて、私は目を細めて再び天井に視線を戻した。


(だめだ…やっぱり体もあんまり動かないや…)


冬が近づいて来た秋深まるこの日、体調を崩してしまった私は仕事やプリンセスレッスンをお休みしていた。

ベッドに横になって一日をすごしていたけれど、さすがに目が覚めてきてしまったようだ。

するとちょうど、ドアがコンコンとノックされて、グレンくんが姿を現した。


「あ、起きてたんだ」


私が軽く手を挙げたのに気付いて、グレンくんはふっと笑う。


「なんか食べられそう?料理長に聞いたら、おかゆでもなんでもすぐ用意してくれるって」

「うーん、じゃあ…あったかいスープが良いな…」

「ん、分かった」


少し考えて答えると、ベッドの端に腰掛けたグレンくんは優しく微笑んだ。


(グレンくんも仕事があって大変なはずなのに…)


仕事の合間をぬって来てくれたのを嬉しく思うのと同時に、迷惑をかけてしまっていることに申し訳なくもなる。


「…ごめんね、グレンくん…」


一度口にしてしまうと、熱のせいもあってかどんどん思考はマイナスの方へ働いて、自分が情けなくなってきてしまって。

じわりと涙で視界が滲むのを感じていると、グレンくんは少し驚いたような顔をして…やがて困った様に微笑んだ。


「…泣くなよ…ほら、笑って」


少し冷たいグレンくんの手が頬に触れる。

そっと見上げると、優しい笑顔が私を見下ろしていて。


「…俺は、アンタの笑顔が1番好きなんだから」


気遣うような、でも心のこもったその言葉にまた視界が滲むのを感じながらも、必死で頷く私に、グレンくんはまたふ…と笑みをこぼす。

そして優しく頭を撫でた後、ゆっくりとベッドから立ち上がった。


「…じゃ、料理長にスープ頼んでくるから、アンタはしばらくゆっくり休んでて」


髪をするりと撫でてグレンくんが部屋を出て行くと、ふっと肩の力が抜けて自然と瞼が閉じる。

考え事をする間もなく、じわじわと意識が遠のくのを感じていた…。



*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*



気が付くと私はまた、あの美しい桜の木の下にいた。

相変わらず泣き続ける私の前には、先ほどの男の子が座ったままで。

小さいけれど力強く支え、優しく頭を撫でてくれるその子のおかげで私の涙は少しずつ収まっていく。

まだ呼吸が整わないながらもそっと顔を上げると、男の子がスっと顔を覗き込んできた。


「…!」

「やっと泣き止んだ…アンタは笑顔の方が似合うんだからさ、笑っててよ」


天使のような微笑みを浮かべるその顔は、なぜかとても見覚えがあって…私は思わずハッと息を飲む。

美しい、ブラウンの髪と瞳。

な、と念押して笑うその子につられて私が微笑むと、男の子は満足そうに頷いて小指を差し出してきた。


「…?」


不思議に思って見つめると、男の子はポツリと呟く。


「…アンタが泣いてたらまた、こうやって傍にいてやるから…だから、アンタは笑っててよ……な、約束」

「…!うん!」


満面の笑みで答えると、すっと小指と小指が交わる。

幼い頃の朧げな記憶は、美しい桜の花びらと穏やかな風に運ばれ、ふわりと…思い出の空に消えていくのだった…。


fin

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