ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
□見えない力
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彼と恋人になってから、私はずっと不思議に思っていることがある。
例えば、それはお城でのパーティーや、その他様々な公務でも。
慣れない私に、彼はいつもさり気なく気を使ってくれるけれど、常に傍にいるという訳にもいかない。
離れた場所に残されたそんな時、いつも私は『それ』を感じる。
真っ直ぐ立てって、誰かに体を支えられるような…そんな感覚。
それに気が付くと、私は不安な気持ちをぐっと抑えて、背筋を伸ばして立っていられる。
この感覚は何なのか…私は、ずっと気になっていた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「はぁ、疲れた…!」
オリエンスでは鮮やかな紅葉も見られるようになった、秋深まるこの日。
リバティ城にて1日続いたプリンセスレッスンを終えた私は、外の空気を吸うため中庭に来ていた。
夕日が沈みかけた美しい黄昏の空に、私は思わず目を細める。
するとそこへ、誰かの足音が近づいてきて、私の肩がトントンと叩かれた。
「なーにボーッとしてんだよ」
「キースさ……キース…」
振り返った先にあったのは、いつもと同じように自信に満ちたエメラルドグリーンの瞳。
とっさに様呼びしそうになってしまった私に、キースはその整った眉を少し寄せる。
「…お前、またキース様って」
「わぁぁ、気のせいですっ!それより、何かご用ですか?」
「いや、なんとなくお前の顔が見たくなっただけだ」
無理やり話題を変えた私に怪訝な顔をしつつも、キースは優しい声でさらりとそう口にした。
「そ、そうですか…」
「ま、まだ書類が残ってるから、すぐ戻らなきゃなんねーけどな」
思ってもいなかったストレートな言葉に照れていると、キースはそう言って執務室を見上げる。
「そうなんですか…」
呟いた私の声に振り向いたキースは、目をあわせて困ったように微笑んだ。
「おま…なんて顔してんだよ、俺に会えなくて寂しいのは分かるけどな」
「え……わっ」
一瞬だけ…心に浮かんだその想いを指摘された驚きで顔を上げると、大きな暖かい手にくしゃくしゃと雑に頭を撫でられ、乱れた髪で視界が遮られる。
「…ちょっと、何するんですか!」
慌てて髪を整えながら顔を上げると、ニヤリと笑ったキースの顔がぐっと近付き…普段の雰囲気からは想像出来ないような、優しいキスを落とした。
「…!!」
「様づけで呼んだ罰だ、じゃーな」
突然のことに驚く私に、してやったり、というように満足気な笑みを浮かべたキースは、そのまま楽しそうに執務室へと戻っていく。
「…っもぉぉぉ…!!」
一呼吸遅れてしゃがみ込んだその時、あの不思議な感覚に気付いて、私はハッと顔を上げた。
見上げたその先には、窓から私を見下ろすキースの姿が見える。
表情はハッキリ見えないけれど、なんだか…優しい顔をしている気がして。
(…もしかして、これは)
いつも支えてくれる、どこか優しさを含んだ気配は。
(……きっと、あなたのー…)
少し熱を持った頬を、気温の下がった秋の穏やかな風が、ふわりと撫でていく。
その優しさに、私の胸ははなぜか急に、大きく脈打つのだった……。
fin