ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
□ため息の行方
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11月も終わりが近付き、人肌恋しくなるこの季節。
一たび街に足を運べば、体を寄せ合い楽しそうに笑い合う恋人たちの姿があちこちに見られる。
そんな中、私は新しい衣装の買い出しのため、車を出してくれたクロードさんと共に、息つく暇もなく街を歩き回っていた。
仕事である以上仕方のないことだけれど、やはりこうして他の恋人たちの姿を見ると、羨ましいな…と思ってしまう。
でも、真面目なクロードさんと一緒では予定通りにお店を回っていくだけで。
「次のお店は、あの角を曲がった先ですね」
「あっ、はい!」
私は、漏れ出しそうになるため息をぐっと飲み込んだ。
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街を歩き回ること数十分。
予定のお店を全て回り終えて店を出ると、クロードさんは空を仰ぎ見て口を開いた。
「さすがに冷えましたね…温かいコーヒーでも買って帰りましょうか」
「えっ、良いんですか?」
意外な言葉に驚く私の手から流れるような所作で荷物を取り、『執事』ではない彼が笑顔を見せる。
「そのくらいの寄り道なら問題ないでしょう…私は車を取ってきますので、コーヒーのテイクアウトは貴女にお願いしても?」
「分かりました!」
笑顔で頷いた私に、クロードさんはフッと微笑む。
「では、すぐに戻ります」
そう言って歩いていく背中を見送るのがなんだか幸せで、にやけそうになる頬を押さえながら目当てのコーヒーショップへと足を向けた。
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「クロードさん遅いなあ…」
数分後、無事コーヒーを買った私は、店の前で車を待っていた。
しかし、予想したよりも車が来るのが遅く、ただただ人の流れだけを静かに眺める。
クロードさんに電話をかけようかと思ったそのとき、トントンと肩をたたかれて顔を上げる。
「あっ、遅いです…よ」
「え?なになに、君待ち合わせ中?こんな寒いとこで待たせる人よりさー、俺と中でお茶しない?」
クロードさんだと思ったその人は、全くの別人で。
いかにもなその誘いに、私は肩をちぢこまらせて答える。
「すみません、仕事中ですから…」
「えー?でも一人じゃん、ちょっとでいいから俺に付き合ってよ」
そう言って私の手を掴もうとする男の人からかばうように、力強い腕が私の手を引いた。
「彼女に何かご用でも?」
「クロードさん…」
少し息を乱した、珍しい姿に驚いていると、声をかけてきた男の人は声を詰まらせて去っていった。
「…すみません、私がもう少し早く戻っていれば」
気が付くと、クロードさんが申し訳なさそうに
頭をすこし下げていて。
「私なら大丈夫ですよ!それよりもほら、コーヒーが冷めちゃいます」
肩をすくめて笑うと、顔を上げたクロードさんと目が合う。
少しの沈黙の後、クロードさんはポケットから小さな箱を取り出した。
「…これを」
「えっ…私に、ですか?」
突然のことに驚いて聞くと、クロードさんは真面目な表情で告げる。
「貴女以外のために、こんなもの買いません」
まっすぐな瞳に一瞬息をのみ、ゆっくりと箱に手を伸ばす。
おそるおそる開けた箱の中には、淡く輝く綺麗なネックレスがあった。
「車を置いていた近くの店でたまたま見かけて、あなたに似合いそうだと思ったのです。まさかこれを買っている間に貴女を危険にさらしてしまうとは思っていませんでしたが…」
「危険だなんてそんな…でも、どうして急に…」
「…私も、このような仕事をしていますから、貴女には寂しい思いをさせているだろうと…まあ、一か月早いクリスマスプレゼントだと思ってください」
不器用な…だけどクロードさんの気持ちがいっぱいに詰まったその言葉に、思わず視界が涙でゆがむ。
「…ありがとうございます…」
なんとか声を絞り出すと、クロードさんは困ったように微笑んで私の手を温かい手で包み込んだ。
「帰りましょうか、コーヒーが温かいうちに飲んでしまわないと」
「…ふふ、そうですね」
そう言って体を寄せ合う姿は、今日見た他の恋人たちとまさに同じような光景で。
少し憂鬱だった私の心が、大きな、温かい幸せに包まれていくのを、私はただ静かにかみしめていた…。
fin