ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

□ジングルベル
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日に日に空気が冷たくなり、気が付けば街にはコートにマフラー、手袋なんて人も多くなった年末。

1年の終わりが近いこの時期がけれど、今夜は大切な人と過ごす日…そう、クリスマス・イブだ。

かく言う私にも、1年に一度のこの日を一緒に過ごしたいと思う相手はいるわけで…。


「おや、美味しそうな匂いがすると思ったら、貴女でしたか」


突然聞こえた声は、たった今頭に思い浮かべていた人のものだった。


「ジンさん!どうしたんですか?」


振り返った先のその顔はいつもより少し疲れの色が見えて、今夜開かれるクリスマスパーティーの準備に追われているのが分かる。


「パーティーでお出しする食事のチェックに来たのですが、問題なさそうですね」

「調理は済んでいるので、あとはパーティー開始に合わせて出すだけですよ」


厨房をぐるりと見回すジンさんに言うと、引き締まっていたその表情が少し和らいだ。


「さすが、うちのシェフ達は頼りになりますね」

「ふふ、皆さんに伝えておきます」


当のシェフたちは、朝早くからの調理を終えて休憩に入ったばかり。

皆さんが聞いたら喜んだだろうなと思いながら笑顔で答えたその時、廊下の方からジンさんを呼ぶ声が聞こえてきた。


「ああ、もう行かないと…それでは、こちらはシェフの方々にお任せします」

「分かりました、ジンさんも…お仕事、頑張ってくださいね」


控えめにかけた言葉に、手元の資料を見ていたジンさんが顔を上げて…優しく微笑む。

思わずときめく胸に手を当てるうちに、綺麗なお辞儀を残して、スラリと伸びた背中は遠ざかっていった。



*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*



ノーブル城で開かれたクリスマスパーティーは無事終了し、片付けを終えた使用人たちも部屋へと帰って行く頃…私は、ジンさんがいるであろう鐘楼へ向かっていた。

長い階段を登りきって扉を開けると、冬の冷たい風が一瞬で体を冷やしていく。

乱れる髪を押さえながら外へ出たその時、澄んだ美しい鐘の音が辺りに響き始めた。

1日の終わりであり、始まりでもある時を告げるその音に耳を澄ましていると、最後の鐘の音が優しい余韻を残して消えていく。

自然と閉じていた瞼を開けると、少し驚いた様子のジンさんと目が合った。


「ジンさん、今日はお疲れさまでした」

「どうしてここへ…この時期は特に冷えるのに」

「久しぶりにこの音を近くで聞きたいなと思ったんです」


そう言って笑うと、ジンさんは少しして困ったような笑みを浮かべる。


「…ここに来ると、不思議なパワーがもらえますからね」

「本当に素敵な場所だと思います、この鐘の音も、この景色も綺麗で…」


海に囲まれたこのノーブル城から見える同盟国の夜景は、本当に美しくて。

しばらくの間見とれていると、後ろにいるジンさんがポツリと呟いた。


「…私が、貴女を縛りつけてしまっているのかもしれませんね」

「え?」


振り返るより先に背中からジンさんに抱きしめられ、身動きが取れなくなってしまう。


「…ジンさん…?」


そっと腕に触れて名前を呼ぶと、ジンさんは自嘲的な笑みを浮かべ、やがて耳元で呟いた。


「あなたの夢を奪うことになっても…この腕を離せそうにない」


いつになく熱のこもった声に、思わず自分の手にも力が入る。


「…それなら、離さないでください」


私の言葉に、ジンさんが小さく息をのむのが分かった。

ゆっくりと腕の力が緩むのと同時に振り向いた先で、ジンさんは困ったように微笑む。


「…せっかくのクリスマスに、恋人らしいことの一つも出来ない男ですよ」

「…関係ないですよ、そんなこと」


応えながらジンさんの胸に飛び込む私を、温かい腕が迎えてくれる。

大好きな香りに包まれながら、私は目を閉じて呟いた。


「ジンさんのそばに居られて、私も幸せなんです」


その言葉に、ジンさんはいつもの笑顔で答える。


「貴女に振られたらどうしようかと思いました…シングルベルは、もう鳴らしたくありませんから」

「…ジンさん…それは、寒いです…」


突然のボケに、思わず一瞬で真顔になってしまった私は、なんとか声を絞り出した。


「おや、そうですか?なかなか面白いと思ったのですが…」

「絶対になしです」

「厳しいですね」


真面目な様子のジンさんに、私はこらえきれず笑ってしまう。

そんな私にジンさんも笑みを浮かべ…そっと身をかがめた。


「…!」


思わず赤くなる頬を押さえながら、二人で過ごせる幸せなひと時をかみしめていた…。



fin

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