ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負

□貴方の支えに
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それは例えば、仕事で行き詰まった時だとか。

例えば、疲れていても休めないような時だとか。

そんな私を支えるかのように、いつも彼は現れる。

彼の方が私の何倍も…何十倍も責任のある立場で、大変な仕事をしているにも関わらず。

私はそれが嬉しくて、だけどその度に少し、自分を情けなくも感じていた。



*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*



その日私は、一人仕事場の机の前から動けずにいた。

仕事が捗っているのではなくて…むしろ逆。

机に広げられた様々な雑誌や資料に目を向けては、何のアイデアも浮かばない頭を抱えるばかり。

そしてそんな様子を見透かしたようなタイミングで、ノックの音が耳に届いた。


「はい、どうぞ」

「失礼致します」


姿を見るまでもなく、声を聞くだけで胸が小さく鳴る。

声の主…ノーブル城専属執事のゼンさんは部屋に入ると、翡翠色の瞳を優しく細めて微笑んだ。


「お茶をお持ちしました。気分転換にいかがかと思いまして」


いつものようにさり気ない気遣いが嬉しくて、でもやっぱり、少し情けない。


「ありがとうございます…」


そんな気持ちが声に出てしまったのか、お茶を用意する彼はチラリと私に視線を向けて、穏やかな声で提案する。


「私も少し休憩を頂きましたので、ご一緒してもよろしいでしょうか」

「え…あっ、もちろんです!」


私が答えると、ゼンさんはありがとうございます、と笑って紅茶に口をつけた。

そんな些細な動きさえ様になっているのをじっと見ていると、その顔が困ったように微笑む。


「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ…!その、こうして一緒にお茶を飲むなんて、珍しいなあと思って…」


早口でまくし立てたような私の言葉に、ゼンさんは納得したようにああ…と頷き、言葉を選ぶようにして口を開いた。


「私の、我儘に過ぎませんが…最近はゆっくりする時間もあまりなかったものですから…もう少しだけ、貴女の顔を見ていたいなと…」


普段の『執事』ではない彼の笑顔に、胸がドキリと跳ねる。

ストレートな言葉も彼が言うとキザにも聞こえず、私は早まる鼓動を抑えるのに必死で。

じわりと頬に熱が集まるのを感じていると、ゼンさんはまた困ったように笑った。


「こんな事では、ノーブル城専属執事に相応しくないと思われるかも知れませんね」

「そんな事…!私も、ゼンさんといるとすごく落ち着いて、また頑張ろうって気持ちになれるんです!」


反論する口調は、思いのほか強くなってしまって。

ハッと顔を上げると、驚きに満ちた瞳と目が合った。


「あの…?」

「あ…これは失礼致しました」


不思議に思って声をかける私に、ゼンさんはいつものように微笑む。

それから少し言葉を選ぶような素振りを見せた彼は、口元に手を当て、整った眉を少し下げた。


「貴女も同じ気持ちでいてくれたのだと思うと、嬉しくて」


今度こそ、心臓がもたない。

そう思うほどに、胸の鼓動は速くなり、煩いくらい耳に響く。

ゼンさんはそんな私にもう一度微笑むと、腕時計に目を落とした。


「ああ…そろそろ戻らなければなりませんね」


そう言ってティーセットを手際良く片付ける彼は、既に執事の顔に戻っていて。


「ご馳走様でした、ゼンさんも…頑張ってくださいね」


なんとか口にした私に、ゼンさんは美しいお辞儀で応えて、部屋を後にする。

パタン、とドアが閉まると同時に肩の力が抜けるのが分かった。

心臓はまだ少しうるさいけれど、部屋に残った紅茶の香りが、ゼンさんも頑張っているのだと思い出させ、私の背筋を伸ばす。

ふう、と息を整えて手に取ったペンは、なんだかさっきまでよりよく手に馴染むようで。


(…うん、もう大丈夫)


いつも支えられてばかりだと思っていた彼の支えに、私もなれているのなら…私は私に出来ることを精一杯やるだけ。

ペンを握る手にも力が入るのを感じながら、私は机に広がるクロッキー帳へと意識を向けるのだった。



fin

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