ボル版深夜の真剣文字書き60分一本勝負
□ほんの少しの
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「あっ、いたいた!おーい!」
ある日の昼下がり。
一仕事終えて廊下を歩いていた私の耳に、ひと際元気な声が届いた。
「やっ、今日も可愛いね!」
明るい笑顔と共に現れたのは、アルタリアの王子で、私の…恋人の、ロベルト。
「ふふっ、なんか…ナンパみたい」
相変わらずなその様子に思わず笑ってしまうと、ロベルトは手を顎に当ててうーん…と声を漏らす。
「あながち間違いでもないかも」
「どういうこと?」
「ふっふっふー」
首をかしげる私に意味ありげに笑ったロベルトは、おもむろにポケットに手を突っ込んだ。
イタズラっぽく光る瞳と目があった瞬間、ひらりと目の前に出てきたのは…
「…えっ!?これ、もしかして…!」
「そう!君が行きたがってたファッションショーのチケット!」
ロベルトが持っていたのは、世界に名の知れた有名デザイナーさんのファッションショーのチケットだった。
これまで何度か作品を見る機会があり、今回はアルタリアでショーが開催されると聞いて、ぜひ見に行ってみたいと思っていたのだ。
「あれ、でもチケットはすぐ完売で、もう手に入らないはずじゃ…」
「うん、実は知り合いがチケットを買ってたらしいんだけど、行けなくなっちゃったみたいで…君のためにもらってきちゃった♪」
「そうだったんだ…」
呟いた私に、ロベルトはニコッと笑う。
「ちょうど二枚あるし、一緒に行こうよ!俺も明日はちょうどオフだしさ」
「え…でも見つかったら大変じゃない?」
「大丈夫、アルにもちゃんと話は通してあるから!…ダメ?」
そう言って私の手を取ったロベルトは子犬のような目で問いかけてきて。
「…アルベルトさんが良いっていうなら…大丈夫かな」
「よし、決まり!」
苦笑して答えると、満開の笑顔と共に嬉しそうな声が返ってきた。
そんな彼の様子を見ていると、私までどんどん楽しみな気持ちが溢れてくる。
「…ロベルト、ありがとう」
気持ちのままにそう告げると、ロベルトはほんのり頬を染めてにっこりと笑った。
「どういたしまして!じゃ、もう一仕事だけ頑張ってくる!」
「うん、いってらっしゃい!」
笑顔で手を振る私に背を向け、ロベルトは走っていく。
その背が見えなくなると、私ももうひと頑張りするため、仕事場へと足を向けるのだった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*
「とても、関係者の方に無理を言って手に入れたチケットでのお誘いとは思えませんでしたが」
「…ちょっとアル」
「いえ、宜しいと思いますよ。明日の予定を空けるためにこの一週間忙しくしておられましたから」
「…あの子の為なら、ちょっとくらい嘘つかせてよ」
アルタリア城を後にするリムジンの中でそんな会話がされていたのを私が知るのは、また数年後の、別のお話。
fin