妄想置き場
□気付くなんて
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廊下の向こうから歩いてくる、スラリとした長身。
今日もスーツが似合う...なんて見とれていると、視線の先のその美しい顔がフワリと微笑む。
(わ...反則)
ドキドキする気持ちを隠すようにぺこりと頭を下げると、ゼンさんが少しずつ歩を緩めるのが分かった。
「お疲れ様です」
「いえ、ゼンさんこそ」
顔を上げると、いつも通り澄んだ翡翠色の瞳と目が合う。
あ、と思うより先に、ゼンさんを呼ぶテオくんの声が聞こえてきた。
「...すみません、何かあったようです」
「行ってあげてください」
申し訳無さそうに言うゼンさんに笑って答えると、ゼンさんは何かに気付いたようにおや、と呟いた。
「髪...切られたのですね、よくお似合いです」
「え...」
声が出るのと同時に、再びテオくんがゼンさんを呼ぶ。
「...では、失礼致します」
困ったような、しかし優しい微笑みを浮かべたゼンさんは、綺麗なお辞儀を残し遠ざかって行った。
(反則...どころじゃない...あんな...)
あんなに優しく細められた瞳を向けられたら。
バクバクとなる胸を必死に抑える私の耳に、テオくんの元気な声が中庭で響いているのが聞こえていた。
fin