忍たま乱太郎

□お団子の甘い夢 後編
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「朝、落とした手拭いを仙蔵くんが拾ってくれたんだけど、ちょっと色々あって返してもらうの忘れちゃってたんだよね」



苦笑いを浮かべる音根の姿を見た伊作は、ほっと安堵の表情を浮かべると、それならいいんだと自分で何かを納得したようだ。

首を傾げる音根だが、何時もの伊作に戻っていることを確認し、再び箸を進める。

そんな会話をしていると、目的の人物が食堂に来たことにも気づくはずもなく、音根の隣にその人物は座る。



「仙蔵、来てたんだね」

「ああ。悪いな、邪魔だったか?」

「そんなことないよ」



普通に聞けばただの会話なのだが、何故か二人の間には火花が散っているというのに、二人の恋心にさえ気づかない音根にわかるはずもない。

音根は用事を済ませるために、手拭いのことを仙蔵に話す。



「さっき手拭いを返してもらうのを忘れちゃってたんだけど」

「ああ、それなら今外に干していますよ」

「え?」



仙蔵は食堂に来る前、返すのを忘れていた手拭いを水で洗い綺麗にすると、外に干してくれていた。

手拭いを貸してもらって、その上汚れてしまっていた手拭いを洗濯までしてくれたと聞き、有り難いやら申し訳ない気持ちになる。



「ごめんね」

「私が好きでしたことですから」



仙蔵は嫌な顔一つせず言っているが、そのせいで朝食が遅れてしまったんだと考えると、やはり、何か礼をしないわけにはいかない。

町に行って団子でも買って来ることにし、朝食が終ると早速音根は町へ向かう。



「お団子を六本、じゃなくて、十本お願いします」



一年のきり丸に紹介してもらったアルバイトで貯めたお金が役に立ち、この世界に来てバイトをしておいてよかったと感じた瞬間だった。

この世界でもお金はあった方がいいだろうと思い働いてはいたものの、忍術学園の人達が親切にしてくれるため、音根が自分のお金を使う機会は今までなかった。



「やっぱり、どの世界でもお金は大切だね!」



うんうんと一人納得しながら帰り道を歩いていると、岩に座る人物の姿が目に入る。

歩みを進めていくにつれ、その人物の姿がハッキリと見え、伊作であることがわかった。



「伊作くん、どうしたの?って、膝擦りむいてるじゃない!」

「少し転んでしまって。ですが、薬箱は持ってきていたのでよかったです」

「伊作くんらしいけど、何処かに行く途中だったなの?」



音根が尋ねると、伊作はほんのり頬を色づかせ、視線を下に落とすと口を開く。



「今日は午前だけの授業だったので風明さんの部屋を訪ねたんですがいなくて。何処に行ったのか探していたら、小松田さんから風明さんは町に出掛けたと聞いたので」



音根に用事があった訳でもないと言うのに、町に出掛けたからとわざわざ追いかけてきたのは、きっと音根を心配してのことだろう。

伊作は不運ではあるが、誰よりも優しい人だということを音根はよく知っている。



「でも、あまり意味はなかったみたいですね」



そう言いながら苦笑いを浮かべる伊作だが、音根は意味がないとかあるとかよりも、心配してくれたのだということが嬉しくて、伊作の手から薬箱を取ると膝の手当てをする。

自分でできるので大丈夫ですよと言う伊作だが、そんなことを言っている間に手当ては終わってしまう。



「ありがとう」

「え?お礼を言うのは僕の方ですよ」



ありがとうの言葉に伊作は首を傾げるが、音根の口から紡がれたありがとうの言葉の意味は、心配をしてくれた伊作に対しての礼の言葉だ。

だが、当の本人は自分の優しさがどれ程周りを救っているのかわかっていない。



「ふふ、兎に角ありがとう」

「は、はぁ……?」



ぎこちなくも頷く伊作の腕を掴むと、音根は帰ろうかと歩き出す。

忍術学園に戻る途中、何をしに町に出掛けたのか伊作に尋ねられた音根は、仙蔵に礼の団子を買っていたことを話す。



「そうですか。仙蔵に……」



何故か顔を伏せ、元気をなくしてしまう伊作を気にしながらも忍従学園に着くと、音根は仙蔵の部屋に行こうとする。

だがその前にと、音根は別で包んでもらった十本の内の五本の団子を伊作に差し出した。



「え?」

「これは伊作くんの分のお団子」

「でも、僕は何も……」

「何時も私を助けてくれてるでしょ!だからそのお礼。それじゃ」



伊作の手に団子の包みを持たせると、音根は仙蔵の部屋へと向かう。

去っていく音根の背を見送り、伊作は自分の手の中にある団子に視線を向けると笑みを溢す。


そして音根はというと、仙蔵の部屋を訪ねたのだが、部屋には仙蔵と同室の文次郎の姿しかない。

仙蔵のいる場所は文次郎にもわからないらしく、音根は団子を仙蔵に渡してもらうように文次郎に伝えると、部屋を後にした。

本当は、直接礼を伝え、団子を渡したかったのだが、文次郎に団子は頼んだため、次に会った時に礼は伝えようと自室に戻ろうとした時、前から歩いてくる人物の姿に足を止める。



「仙蔵くん」

「ああ、風明さん丁度よかった。今手拭いが乾いたところですよ」



そう言いながら差し出されたのは、綺麗に洗濯された音根の手拭いだ。



「ありがとう仙蔵くん。ごめんね、わざわざ洗濯までしてもらっちゃって」

「いえ、私が勝手にしたことですから」



音根に笑みを浮かべる仙蔵の男とは思えないほど美しい笑みは、くの一の女や町の女ならくらっときてしまうだろう。

ただそんな笑みも、音根の前では単なる親切な人というだけで片付けられてしまうのだから仙蔵も苦労する。



「それよりも、風明さんは何をしていたんですか?」

「あっ!そうそう。今仙蔵くんの部屋を尋ねたんだけど仙蔵くん留守だったから、文次郎くんにお団子を預けて来たところだったんだ」

「お団子を?」

「うん。手拭いのお礼!」



仙蔵は、嬉しそうに頬をほんのり色づかせると、ありがとうございますと礼を口にする。


その後、音根と別れた仙蔵は自室に戻ると文次郎から団子を受け取り、再び笑みが溢れる。

そんな仙蔵の姿に、同じく音根に想いを寄せる文次郎も笑みを溢した。


そしてその頃、同じく自室で団子を眺めながらニヤニヤとしていたのは伊作だった。

同室である留三郎が一本団子をくれと言っていたが、これはダメだと、伊作は留三郎から団子を遠ざける。



「なんだ?その団子独り占めにしたいほど美味いのか?」

「そうだよ。これは、世界一美味しい団子なんだから」



まだまだ片想いの恋愛だが、今はそれでいいのかもしれない。

いつか、この日のことが思い出話に変わった時、その時は、二人並んで団子を食べながら話すときだと信じ、二人は団子を頬張った。



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