忍たま乱太郎
□湖の逢い引き 前編
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「まだ見ていたいところですが、そろそろ戻らなければ」
「その必要はありますんよ。そのために、事務員の小松田くんに見つからないように出てきたんですから」
ニコリと笑みを向けられ、そういえばと、ここへ来るときのことを思い出す。
いつもなら、出門表にサインをし正門から出て行くのだが、今日は利吉と共に小松田 秀作に見つからないように抜け出してきた。
利吉はいつも小松田から逃げるようにして忍術学園に出入りしているため、いつものことだと思っていたが、今回は少し違ったようだ。
「でも、もし誰かにいないことが見つかったら、心配させてしまいますし」
「それも心配ありませんよ。私の父には報告済みですので」
利吉の父親、つまりは伝蔵に伝えてあるということならと頷く。
二人湖の近くに座ると、視線は湖へと向けられ、穏やかな刻を過ごす。
ただ座り眺めているだけで、会話があるわけでもないのだが、心が落ち着くのが不思議だ。
「利吉さん、こんな素敵な場所に連れてきてくださってありがとうございます」
「気にしないでください。それに、お礼を言われることはしてませんから。ただ私が、貴女の時間を独り占めしたかっただけですから」
冗談なのか本気なのかわからない言葉に音根の頬は熱くなるが、月明かりだけのこの場所なら、色づいた頬に気づかれることはないだろう。
今が夜でよかったと思ったその時、突然伸ばされた手が頬に触れる。
音根の瞳には、真っ直ぐに自分を見つめる利吉の姿が映り、鼓動が高鳴る。
「利吉、さん……?」
利吉の行動の意味が理解できない音根は、ポツリと利吉の名を口にする。
するとその瞬間二人の距離が縮まり、唇に柔らかなものが触れるとそっと離れた。
何が起きたのかわからない音根の耳には、ただ一言、すみませんという利吉の声が聞こえた。
それから二人は一言も言葉を交わすことはなく、忍術学園にある音根の部屋まで送ったあと、利吉は何も言わずその場から去ってしまう。
音根は部屋に入ると、布団を敷き横になる。
まだ感触の残る唇に指で触れると、音根の顔は熱くなり、頭まで布団をかぶり眠ろうとする。
顔も唇も熱く、先程の事が脳裏で思い出される度に振り払う。
利吉が何故あんなことをしたのかわからず、音根は一人あの行動の意味を考えながら瞼をぐっと閉じた。
湖の逢い引き 前編