忍たま乱太郎

□湖の逢い引き 後編
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戸を開けると、空はすでに明るく朝を迎えていた。

そして結局一睡もできないまま、音根は今日も食堂へと向かう。

すると食堂には、おばちゃんの姿がない代わりに、黒古毛(くろこげ) 般蔵(ぱんぞう)の姿がある。

般蔵は忍者食研究家であり、食堂のおばちゃんのピンチヒッターとして来てくれたりとしているのだが、その般蔵がいるということは、どうやらおばちゃんに何かあったようだ。



「黒古毛さん、おはようございます。あの、今日はおばちゃんはどうかされたんですか?」



般蔵の話によると、どうやらおばちゃんは風邪を引いたらしく、音根一人で忍たま達の朝食を作るのは大変だろうということで般蔵がピンチヒッターとして急遽呼ばれたようだ。

早速厨房に入り朝食を作り始めようとする般蔵だが、音根は慌てて制止の声をかけた。

何故なら、忍者食研究家とは名ばかりであり、般蔵の作る料理は忍たま皆が知るゲテモノ料理だからだ。

いくらなんでも、そんな料理を忍たま達に朝から食べさせるわけにはいかない。



「忍たま達の朝食なら私一人でも作れますので、黒古毛さんには食堂のおばちゃんにお粥を運んでいただいてもよろしいでしょうか?」

「わかった。なら、私がお粥を――」

「大丈夫です!直ぐにお作りしますのでしばらく待っていてください」



少し強引ではあったが、音根は急いで忍たま達の朝食とおばちゃんのお粥を作る。

しばらくして何とか忍たま達が来る前に作り終えると、般蔵に頼みおばちゃんにお粥を届けてもらう。

そして一人残った音根は、朝食を食べにやって来た皆に今日の朝食を手渡していく。



「あれ?今日は風明さん一人なんですか?」

「本当だ。食堂のおばちゃんの姿がない」

「おばちゃんどうかしたんすか?」



おばちゃんの姿がないことに気づいた一年は組の猪名寺(いなでら) 乱太郎(らんたろう)福富(ふくとみ) しんべヱ、摂津(せっつ)の きり丸が尋ねてきたため説明すると、保健委員である乱太郎は後から様子を見に言ってみますと言い出したが、音根はそれを止めた。

いくら保健委員とはいえ、風邪が移ったりしてはいけないため止めると、三人は心配そうな表情を浮かべている。



「安心して。黒古毛さんの話では、忍術学園の校医の新野(にいの) 洋一(ひろかず)先生がおばちゃんの様子を見てくれてるみたいだから、きっと直ぐによくなるわよ」



新野が見ていると聞いて安心したのか、三人の表情が安堵に変わる。

だが、お昼になればその表情はまた変わることになるだろう。
何故なら、朝食は音根に任せてしまったからと、お昼は般蔵が作ることになっているから。


それからしばらくして忍たま達が食堂から出ていくと、音根は後片付けをする。

皆がいなくなった食堂は一気に静けさを取り戻し、一人になった今は何だか寂しく感じてしまう。

それから片付けも終わり、ようやく一息吐こうと思ったのだが、一人で頑張り過ぎたのかうとうととしてしまい、食堂の椅子に座ると眠ってしまった。



「んっ……あれ?私寝ちゃってたんだ」



目を覚まし伸びをすると、パサリと床に何かが落ちる。

視線を下に向けると、そこには一枚の羽織が落ちており拾い上げる。



「誰かが掛けてくれたのかな」



そう思ったとき、何故か利吉の姿が脳裏に思い出され、頬が熱くなる。



「って、何で利吉さんが浮かぶのよ!もう、折角昨日のこと忘れてたのに、また思い出しちゃうじゃない……」



そっと唇に触れると、昨日の感触が思い出されて鼓動が高鳴る。

いくら考えてもあの行動の意味はわからず、すみませんと最後に呟かれた利吉の言葉が頭の中で何度も繰り返される。

あの謝罪の言葉は、口づけをしたことにたいしてなのだろうが、何故あんなことをしたのか肝心なことはわかっていない。



「それにしても、一体この羽織は誰のなんだろう」



最初は何故か利吉の顔が浮かんだものの、改めて見てみれば羽織は女物だ。

女と言えばくの一教室の生徒や先生が思い出されるが、誰の物かわからなければ返しようがないため、どうしようかと考えていると、食堂に般蔵が戻ってきた。

手に持っているのは空になった器であり、どうやらおばちゃんが食べたお粥の器のようだ。



「おばちゃんの様子はどうでしたか?」

「大分よくなってきたみたいで、今日一日安静にしていれば大丈夫なようだ」



その言葉に安堵すると、自分に掛けられていた羽織のことを思い出し、この羽織に見覚えがないか般蔵に尋ねてみる。



「ああ、それなら確か――」



般蔵からその人物の名を聞いた音根は、その人物は何処に向かったのか聞くと、羽織を手にその場所へと向かう。

いつも音根が休憩をする場所。
そこには、羽織を音根に掛けた人物の姿があった。

木に背を預け座り、顔を伏せてしまっている人物は眠っているのか起きているのかわからない。
だが、音根にはその人物が起きているという確信があった。



「この羽織、利吉さんが掛けてくださったんですね」



そう、プロの忍者ともなれば気配で起きていると確信していた。
昨日もそうだったように。

利吉は伏せていた顔を上げると、気持ち良さそうに寝ていたのでと、何時もと変わらない笑みを音根に浮かべる。

自分はこんなにも昨日から利吉のことばかり考えて、今も鼓動を高鳴らせているというのに、何も変わらない利吉を見ていると、やっぱり昨日のはただのイタズラだったんじゃないかと思えた。



「羽織、ありがとうございました。でも、昨日のは、イタズラだとしてもやりすぎです」



ムッと怒る音根に、利吉は苦笑いを浮かべながらすみません、と昨日のように謝る。

そんな利吉の言葉に、何故か音根の胸は苦しくて仕方がない。



「謝るくらいなら、しないでよ……」



つい口から溢れてしまった言葉に、利吉も、そして音根自身も驚いていた。

まるで、別の言葉を期待していたかのような自分の発言が恥ずかしくて、音根はその場から走り去る。

とは言っても、音根が動ける範囲など学園内しかなく、中庭から離れた場所まで来ると、乱れた呼吸を落ち着かせる。



「私、何であんなこと言っちゃったんだろ」



昨日からずっと考えて、利吉のことで頭が一杯になって。

イタズラだと思った。
でも、もしかしたら別の答えが返ってくるんじゃないかと期待する自分がいた。



「あ……羽織、持ってきちゃった」



あの場にいられず逃げ出してしまったため、つい羽織を返しそびれ持ってきてしまった。

返さなければと思うのに、どんな顔をしたらいいかわからず足が動かない。

それにこれは女物の羽織。
ということは、利吉は誰かに渡すはずだった羽織を音根に掛けたことになる。



「この羽織、誰に渡すつもりだったんだろう……」



胸がずっと痛んで、目頭まで熱くなりだしてしまう。



「その羽織は、元々貴女に差し上げるつもりだったんですよ」

「っ、利吉さん!?」



何時からいたのか全く気づかず、流石プロの忍者だと感心してしまうが、それよりも気になるのは、この羽織を自分に渡すつもりだったと言う利吉の言葉だ。



「ここに来る前に、風明さんに似合いそうな羽織を見つけて買ったんです」



そして食堂に来たらしいのだが、音根が眠っていたため羽織を掛け、ついでに伝蔵の洗濯をとりに向かったらしい。

まさか、この羽織が自分のために買ってくれた物だったなんて知るはずもなく、自分の早とちりだったことがわかり恥ずかしくなり、頬が熱をもつ。

そんな音根の反応に、利吉はフッと笑みを溢すと、伸ばされた手が音根の腰を引き寄せ唇が重ねられた。

昨日のような一瞬のものではなく、優しく奪われた唇は、昨日よりも長く重なり合う。

長く感じた口づけは、ほんの僅かなものだったが、今度は音根にも何が起きたのか直ぐに理解できた。



「な、ななな、なんで!?」



耳まで真っ赤に染めた音根は、口許を手で隠し言葉を発する。

イタズラや冗談にしてはやりすぎであり、怒りや悲しみの感情が沸き上がる。



「今度は、謝りませんから」

「え?」

「あの時、私は自分の感情が抑えきれず、貴女に口づけをしてしまいました。ですが、今のは貴女のせいですよ、風明さん」



訳がわからず混乱していると、利吉はニコリと笑みを浮かべ口を開く。



「私は貴女のことが、風明さんのことが好きです」



ハッキリと伝えられた気持ちは、利吉の瞳を見ればわかってしまう。

これは冗談やイタズラなんかじゃなく、本当の気持ちなのだと。



「で、でも、私はただ厨房で皆のご飯を作るだけの人間で、利吉さんのようなプロの忍者の方には相応しくないと思いますし……」

「そんなことは関係ないですよ。恋愛は、誰に決められるでもなく、自分の気持ちで決めるものです。そして私は、貴女に恋をした」



真っ直ぐで真剣な利吉の想いを聞いて、音根の鼓動は騒がしさを増していく。

利吉と同じで、音根も自分の気持ちがすでに、答えを出していた。

こんなにも一人の人のことを考え、その人の一言一言が自分の胸を熱くする。

こんな気持ちを、利吉も自分に感じてくれていたのだと知り、音根は口許を緩めると、軽く自分の唇を利吉の唇に重ねた。



「昨日のと、そして今日のお返しです」



頬を桜色に染め、イタズラっぽいような無邪気な笑みを浮かべる音根に、今度は利吉が頬を染める番だ。

思いもしない告白の返事の仕方に、プロの忍者である利吉も耳まで真っ赤に染めている。

何とも言えない溜息のようなものが利吉の口から漏れると、フッと笑みを浮かべ口を開く。



「貴女って人は……。そんなに大胆なこともされるんですね」

「そうみたいですね。私自身も、こんな自分の行動に驚いてますが、最初にしたのは利吉さんですからね?」



笑みを浮かべる音根に、利吉も笑みを溢すと、二人の笑い声が青空に響く。


そのあとは二人、時間も忘れてしまう程に会話を楽しみ、そして今日も、こっそり小松田の目を盗み、二人仲良くあの湖へと行く。

今夜は満月、そして夜空には沢山の星々が散りばめられており、二人が向かう湖に映るこの夜空は、きっと綺麗に違いない。



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