忍たま乱太郎

□歌姫は赤く染まって 前編
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「で、兵助は風明さんに恋しちゃったって訳か」

「恋って、そんなんじゃ」

「ないって言える? 兵助、ずっと心ここにあらずって感じだったよ」



 昼刻の食堂で、雷蔵に声をかけられ先程の出来事を話すと、何故か兵助が恋をしているという話になっていた。

 だが、自分が恋をしているなんて自覚が全くない兵助は、ただ音根のことが頭から離れないだけだと否定する。



「それが恋だよ」

「いいや違うね。俺が好きなのは豆腐だけだから」



 認めようとしない兵助にこれ以上どう言っても無駄だと思ったのか、兵助がそう思うならいいけどねと苦笑いを浮かべる。


 昼食を済ませた兵助は部屋に戻ると、食堂で雷蔵に言われた言葉を思い出していた。

 だが、自分が恋をしているのは豆腐だけであり、豆腐を愛する気持ちと音根に抱くこの感情は少し違う。



「よし! こういうときは豆腐を作ろう」



 兵助は食堂に行くと、丁度買い物に行くところだった食堂のおばちゃんに頼み調理場を貸してもらう。

 早速豆腐作りを始め作っていると、透き通った声音が聞こえ振り返る。

 そこには、今頭に浮かんだ人物の姿があり、兵助の鼓動は跳ね上がった。



「何してるの?」



 澄みきったその瞳に兵助を映し、小首を傾げ尋ねる音根はとても可愛い。



「えっと、豆腐を作ってるんだ」

「豆腐?」



 音根の視線が兵助の手元に向けられると、そこにはまだ形に流し入れたばかりの豆腐がある。

 作るところを見ていてもいいかと聞かれ、一瞬驚いたが頷くと、音根はじっと作るところを眺めていた。

 こんなところを見ていたってつまらないだろうに、そんな表情は一切見せず、兵助の動き一つ一つに視線を向けている。



「つまらなくない?」

「何で?」

「だって、豆腐を作るとこなんて見てたって退屈なんじゃないかな?少なくても俺の回りはそうだから」



 無理してるんじゃないかと思い声をかけたのだが、どうやら要らぬ心配だったようだ。

 豆腐を作るところなんて始めて見るから楽しいよ、という音根の笑顔に嘘はなく、こんな風に豆腐に興味を持ってくれるくの一もいるのだと兵助の頬は緩む。

 忍たまで同じ五年生の皆には興味を持ってもらえたものの、くの一は興味ないといった様子の人しかいなかった。

 だが、音根はどうやらそうではないらしく、兵助は出来上がった豆腐を皿の上に乗せると音根の目の前に差し出す。



「よかったら、食べてみてくれないかな?」

「いいの? ありがとう」



 音根は箸で豆腐を一口サイズに切り口に運ぶと、パクリと口に頬張る。

 女なら、大抵何かをかけたりして豆腐自体の味を味わおうとしないことがほとんどだ。

 だから兵助は醤油などの調味料を渡そうとしたのだが、音根は豆腐を受け取ると何もかけずにそのまま食べてしまった。

 兵助が作った豆腐本来の味。
 一体どんな反応が返ってくるのだろうかと言葉を待つ。



「何これ……」



 呟かれた言葉に、美味しくなかったんだろうかと落ち込みそうなる。

 何時もの作り方と変えたつもりもなく、愛情も注いで作ったはずだというのにどこで間違えたのか、兵助はショックのあまりに視界が霞む。



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