薄桜鬼
□最初に口から出た言葉
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もしも羅刹に襲われたのが、千鶴ちゃんではなかったら____。
三日前の夜、小毬は新選組に斬られそうになってから声を失ってしまった。
今だにあの夜のことを思い出すと体が震えだし恐怖を感じる。
その隊士の髪は白く、目は赤く光っているように見えた。
あれは本当に人間だったのかさえわからないが、あの羽織りは間違いなく新選組の物で、そして助けてくれたのも同じ新選組の人だった。
そして今、小毬はその新選組で暮らしている。
「おーい、飯だぜ」
障子が開かれ、膳を手にした藤堂という新選組の幹部が中へと入ってくると、小毬の目の前に膳を置く。
状況がよくわからないまま小毬はここに閉じ込められ、その監視役が藤堂という人物だった。
「声はどうだ?」
小毬は聞かれると、そばに置いてある紙と筆を取り返事を書いて見せた。
「まだ出ない=v
「そっかぁ。本当は家に返してやりてぇんだけど、ごめんな」
それだけ言うと藤堂は部屋を出ていき、小毬は持ってきてくれた膳へと向き直ると食べ始める。
あれから三日経つが声は戻らず、あの日の夜から小毬は笑わなくなってしまっていた。
思い出すのは恐怖ばかりで、声の出し方も、笑い方さえも忘れてしまった。
小毬は膳を食べ終わるとすることもなく、ただ何もせずに一日を過ごすことしかできなかった。
それに、障子越しには藤堂がおり、外に出ることなど叶わないと思っていたとき、障子が開かれ再び藤堂が部屋へと入ってきた。
「よし!飯は食ったみたいだな」
ニカッと歯を見せながら笑う藤堂の笑顔は好きだ。
ここに来てから三日、藤堂はよく笑顔を見せてくれる。
不安で一杯の小毬には、その笑顔を見るだけで少しは安心できたのだ。
小毬は筆を取ると文字を書き藤堂へと見せる。
「何故私は閉じ込められているのですか?=v
「あー……詳しくは話せねぇんだけどさ、あんたが話せるようになったら家に返されるはずだから」
話せるようになったらという藤堂の言葉に、小毬の表情は暗くなる。
本当に戻るのかもわからない声。
そんな日を自分はいつまで過ごすことになるのか。
小毬の声は恐怖によるショックで一時的に声が失われているだけだと医者は言ったが、いつ治るのかは不明だ。