忍たま乱太郎
□歌姫は赤く染まって 前編
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毎晩聞こえる歌声。
その綺麗な歌声の人物が気になるのだが、名前も知らない相手だ。
唯一わかることは、歌声がとても綺麗だったということだけ。
「それって、くの一教室の風明さんじゃないかな?」
五年生の中で、一番真面目に話を聞いてくれそうで、周りに言いふらしたりしなさそうな不破 雷蔵に相談すると、簡単に名前がわかってしまった。
雷蔵の話によると、くの一教室のくのたまの中で一番歌が上手いことで有名な人物が、風明 音根という兵助達と同い年の女らしい。
「その歌声って毎晩聞こえるの?」
「ああ。綺麗な声でいつも廊下に出て聴いてるからさ」
毎晩皆が寝静まった頃、塀の向こうのくの一の長屋から綺麗な歌声が聞こえてくる。
顔も知らない誰かだが、その透き通った綺麗な声で歌う人物に会ってみたいと思うようになり、雷蔵に相談をしたのだ。
そのお陰で、声の主が音根というくの一かもしれないということはわかったが、雷蔵が言うには、その音根という人物は変わっているらしい。
いつも一人でいて、声をかけても無視をするようだ。
それも、くの一が忍たまに対してならわからなくもないが、同じくの一や上級生にもそんな態度なため、くの一は勿論忍たま達からもよく思われていない。
「声をかけるのは止めた方がいいと思うよ」
「声をかけるつもりはないよ。ただ、どんな人なのか覗くだけさ」
それならいいけどと雷蔵は言うが、実際声をかけようとは最初から思っていなかった。
ただ、あの歌声の主がどんな人物なのか興味があっただけだ。
雷蔵に教えてもらった通りの時刻に、くの一と忍たまを隔てている塀からこっそり覗くと、直ぐ近くで本を読むくの一の姿があった。
雷蔵の話では、その時刻には必ず塀の近くで一人本を読んでいるため直ぐにわかると言われたが、本当に直ぐにわかった。
塀に背を預け本を読んでいるため、顔がよく見えず体を乗り出すと、突然音根が立ち上がったため驚いて忍たま敷地に落ちてしまう。
「ッ、いてて」
「大丈夫?」
その声に顔を上げると、塀の上から見下ろす音根の姿があった。
声をかけられることなど想定していなかったため、直ぐに声が出せず黙って見上げていると、音根は塀を越え忍たま敷地に下りた。
「その色は五年生よね。一体なにしてたの?」
「あ、いや、ちょっと転んだだけで」
兵助は立ち上がると、装束についた砂埃を手で払う。
どうやら、塀の上から見ていたことには気づかれていないらしく、兵助が塀から落ちる音を聞いて覗いたようだ。
「怪我してないならよかった。じゃあね」
そう言い塀を飛び越え去ってしまう音根の背が消えると、兵助はその場からしばらく動けなかった。
初めて見る音根の瞳はとても綺麗で澄みきっており、去り際に靡いた髪は美しく、その声は鈴の音の様で耳から離れない。