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私には好きな人がいる。
正確にいえば彼は人ではなく、神様、付喪神だ。
彼のことを好きだと自覚したのはいつからだったか。
わりと一目惚れに近いかんじだったのかもしれない。
けれど審神者として彼と、みんなと一緒に暮らしているうちに、この本丸の責任者としてこの気持ちに蓋をするようになってしまっていた。
審神者が刀剣男士と色恋沙汰だなんて、他の審神者が見たらきっと鼻で笑うだろう。
きっとこれは許されないだろう。
そう自分で自分を戒めていた。
そして何より、きっと彼にも迷惑を掛けるだろうから。
気付かれないように、溢れないように、この気持ちを律していかなければならないのだ。



「お!お味噌汁のいい匂い!」

そう言ってにっこりと笑いかけると、光忠もにっこりと笑い返してくれる。

「今日の朝ごはんは、だし巻き卵にししゃもにお味噌汁、あとお漬物だね」

「わあ、美味しそう」

「そういえばさっき長谷部くんが主のこと探してたよ」

「うん、そうなの、逃げてるの」

そう冗談めかして笑っているとちょうど長谷部の、主〜!という声が聞こえてきた。

「やっべ」

「主!ここにおられたのですか」

「さ〜て、おっしごと、おっしごっと〜」

茶化しながらスッと長谷部の横を通り過ぎていく。
出来るだけ長谷部の顔は見ないように。
気持ちが溢れ出してしまわないように。



「…燭台切」

「なんだい」

「俺は主に嫌われているんだろうか」

「さあね」



床についたもののどうにも寝付くことができず、縁側で月を眺めていた。
月はいい。
このどうしようもない気持ちも優しい光で優しく包み込んでくれる。
哀愁に浸るのにぴったりな月だ。
ふと視界の端に主の部屋が映る。
明かりが消えているから、もう床についたのだろう。
明日の朝もきっと台所に出てきて燭台切たちの手伝いをするのだろう。
きっとその場に俺は必要ない。
むしろ、主にとってはいない方がいいのかもしれない。
俺は主の視界に映らない方がいいのかもしれない。
それなら俺はいつ主と会えばいいのだろう。
いつ主のお声を聞けばいいのだろう。
いつ主のお顔を見られるのだろう。

そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
俺はこんなにも、主がいないと駄目なのに。

夜の本丸はしんとしていて、夏の虫が控えめに鳴いている。
主は今、床につかれているのだろう。
こんな夜更けだ、きっと誰も起きてはいない。
そう思うと自然と主のお部屋の方へと足が向いていた。
朝になってしまえば主は俺の手の届かない存在になってしまう気がした。


主のお部屋の前まで辿り着き、襖に手をかけたところでぴたりと止まった。
いつもならこの襖を開けることに躊躇はない。
主に、朝ですよ、とお声かけをして襖を開けるのだ。
だが、今は?
今はなんと言えばいいのだろう。
万が一、主が起きていて、顔を合わせてしまったら、なんと言えばいいのだろう。
俺は何と言うつもりなのだろう。
それでも、それでも俺は主のお顔を見たかった。
たとえ主に不審な顔をされようと、失望されようと、それでも俺は。


そのとき、サッと襖が引かれた。
呆然として、手は襖に掛けていた位置のまま、行先を失っている。
主のお姿が視界に大きく映って、驚いて、その数瞬後には、胸の奥がヒュッと冷え込んだ。
月明かりでうっすらと見える主の顔は、驚いたあと、困ったような表情をされていた。
主に失望されてしまったのか。

「どうかした?」

「いえ、」

「ちょっと厠に行きたくて目が覚めちゃった」

主はそう言って困ったように笑った。
いつもならすぐに除けて通り道を開けるのだが、さきほどまでの憂鬱さからかその言葉に呆気に取られてしまった。

「ちょっと通してね」

そう言って主が俺を避けるように隙間を縫ってお部屋から出ようとしたとき体を捩じったからか、寝間着の裾を踏んで体勢を崩された。

「主!」

咄嗟に主が転んでしまわないようにと受け止めた。
するりと帯が解けているのが目に入る。
不審に思った直後にはもう視界いっぱいに柔肌が映っていた。

「いたた…ごめんね」

そう言ってゆっくりと主が起き上がる。
目の前にあった柔肌が少し距離は離れたものの未だに惜しげもなく晒されたままだ。
食い入るように見入っていると、主もゆっくりと自分の寝間着を確認される。
はっと気付いたようで一瞬固まったあと、襟元を掴んでさっと隠される。
少し残念だ。
薄暗がりでも主が赤面されているのがわかる。
それほどまでに動揺している空気が伝わってくる。
お互いにどうしたらいいか分からず時間が過ぎていく。
俺の頭には視界いっぱいの柔肌がこびり付いて離れない。

「あ、」

主が驚いた声を出したので、主の方を見ると、俯いて一点を凝視している。
つられて視線の先を見てみると俺の股間があった。
完全に勃起していた。
思考が追い付かず固まったあと我に返ってさっと両手で股間を隠す。
一気に顔に血が上ってくるのが分かる。
全身の血液が股間と顔に集中している。

「あ、主!その、これは、」

焦って何か取り繕おうとする俺とは対照的に、主はまじまじと俺の顔を眺めてくる。

「主?」

「…長谷部」

「、はい」

「長谷部」

真っ直ぐに食い入るようにじっと見つめたまま名前を呼ばれる。
その熱視線に、ごくりと喉が鳴った。

「長谷部」

「…」

「長谷部」

絡み合う視線に呼吸も忘れそうになる。
気付いたらお互いの息が掛かるくらいまで近付いていた。

「…長谷部」

その眼差しに、その声に。
吸い寄せられるように口づけた。
最初は軽く、だがすぐに熱に浮かされてむしゃぶりついていた。
柔らかい下唇を食み、歯列をなぞった。
ぬらりとした舌をしゃぶり、口内を蹂躙した。
ぴくりと主の腰が跳ねた。
無視して口内を堪能しているとまた二度三度と跳ねる。
いつの間にかお互いにすっかり息が上がっていたようで、解放された主は息も絶え絶えといった様子だった。

今だけでいい、ただこの逢瀬がいつまでも終わらないでくれと願った。
けれどきっともう終わりが近付いているのだろう。
朝になればもう主のお顔を見られなくなってしまうのだろうか。

隙あらばこの逢瀬の続きを、と、俯いて息を整える主の様子を窺う。
ふいに、ぽすんと俺の胸元に額をつけて体を預けてきた。
驚きながらも、咄嗟に抱き留める。

「…長谷部」

「…はい」

「長谷部」

ぎゅっと俺の服を握りしめる主に愛おしさが募る。

「ずっとそばにいて」

「…主命とあらば」




 
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