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コツコツとヒールの音を鳴らしながらマンションの廊下を歩く。
今日も一日疲れたなあなんてぼんやり思いながら慣れた手つきで自宅の鍵を開けた。
玄関に入ってすぐに後ろ手にドアを閉めながら電気をつける。
パッと明るくなった視界に紫色の何かが目に入った。

「お迎えに上がりました」

「え、」

よく見てみると、甲冑をあちこちに付けているし声は聞き覚えがあるし、

「え、長谷部?」

「長谷部です」

「なんでいんの?」

「お迎えに上がりました」

「いやいやいや、え?」

仕事に疲れて帰宅したら玄関に長谷部が跪いてるとか何事だよ。
疲れてるのかな。
いや確かに繁忙期ではあるけど幻覚なんてそんな。

「っていうか長谷部どうやって来たの」

「主がなかなかお帰りにならないので」

めちゃくちゃいい笑顔で言われてしまった。
こわいこわいこわい。
いやだって、団長とかマスターとか監督とかマネージャーとかいろいろね、いろいろ忙しいんだよね!?

「それで、どうすんの?」

「主が本丸にお帰りになられるのをお待ちします」

「ここで!?」

「はい」

「ここ私の部屋なんだけど!?」

遠慮というものを知らないのかな…。
とりあえず長谷部を奥の部屋に促し、自分も靴を脱いで部屋に上がる。
冷蔵庫の中身を確認すると、何も手を付けていないようだった。

「長谷部、ずっと待ってたの?お腹空かない?」

「そうですね、昼頃にこちらへ来たので」

「カレーで良ければちゃちゃっと作っちゃうよ」

「いえ、主のお手を煩わすわけには」

「ほんと?じゃあお願いしてもいい?この辺の材料適当に使ってくれていいから」

ストッキングを脱ぎ捨てて部屋着に着替える。
やっと仕事から解放された気分だ。
そのままソファに座って、ほう、と一息つく。
キッチンから聞こえてくる小気味良い包丁の音が眠気を誘う。
調理し終えた長谷部が声を掛けてくる。


「あと20分ほど煮込めば出来上がります」

「ありがと、お疲れ」

あと20分かー、と何気なくテレビをつけてみたら長谷部が驚いていた。
そういえば本丸にはテレビがないのか。
いつもすました顔をしているイメージの長谷部の驚いている顔はなんだか貴重で、ちょっと嬉しくなって笑ってしまった。



長谷部の作ったカレーを食べ終えてぼんやりテレビを見ていたら、眠くなってきた。
思わずあくびをかみ殺す。

「長谷部、どこで寝る?隣でいい?」

「いえ、俺は敵襲に備えて寝ずの番をしておりますので、主はご安心してお休みください」

「いや、ここ日本だから。戦場じゃないから」

感慨深げにしている長谷部の表情も何だか新鮮だ。

「明日は休みだし、久しぶりにとうらぶやるよ。だから長谷部も明日に備えて寝よ?ガンガンレベリングしたげるから」

したり顔で言ってみたのだが、長谷部が少し寂しそうな顔をした。
ああ、そうか。
長谷部は私を迎えにきたのだから、私がとうらぶやるってなったら長谷部も戻らなきゃいけないのか。
なんだか急に、眼の前にいる長谷部が不確かなものに思えてきて少し不安になった。

「長谷部、おいで」

布団に先に入っていた私は、隣をぽんぽんと叩く。

「いえ、しかし、」

「隣に来てくれないなら強引に引きずり込むけど」

逡巡する長谷部を眺めるのもいとをかし。
起き上がって布団から出ようとする素振りを見せると、強引に引きずり込まれると思ったのか、長谷部が諦めて布団へと手をかける。

「失礼致します」

するりと長谷部が布団に入り込んできた。

「長谷部って何でもそつなくこなすけど、布団に入るのも上手いんだねえ」

「はい?」

長谷部が近くに来てくれたことが嬉しくて、近い距離が何だかちょっと気恥ずかしくて、変なことを口走ってしまった。
でも、困惑する長谷部の表情も見れたしGJ私。
長谷部の胸元に顔を寄せると、長谷部が身体を堅くする。
あんまりに可愛くて、思わず笑ってしまった。

「長谷部はあったかいねえ」

「…人肌というものは暖かいものなんですね」

長谷部の優しい声が耳元をくすぐった。
仕事の疲れもあってか、ぐいぐい心地良い眠りへと誘われていく。
これが幸せってやつなのかなあ。
なんて、ふわふわとした意識の中で思った。




 
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