* 中編 約束の向こう側

□約束の向こう側 第7話
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あの日から私のつまらなかった日常に

少しだけ楽しみができた。


学校帰りにN駅で降りて、駅前の公園の

中にある円形のベンチに座り読書を

する事。

なんて言ったら聞こえは良いのだけど、

本当は読書してるフリをしているだけ

だった。


午後18時を過ぎてもギターの音色が

聴こえてこない日はお姉さんがここに

来ない日だ。

そして今日もあと10分ほどでその時刻を

迎えてしまう。

昨日もお姉さんは来なかったから今日は

来るといいなぁ…


ここに通い始めてもうすぐ1ヶ月経つけど、

お姉さんは毎日路上ライヴをしてる訳では

なくて、だいたい2、3日に一度程の頻度で

活動してるようだった。



♪〜♪〜


午後17時53分

後方から待ちわびていたギターの音色が

聴こえてきて、今日は活動日なんだと

嬉しくなった。

お姉さんはいつも駅の壁時計が見える

あの場所にギターを抱えてあぐらを

かきながら歌っている。

お姉さんの前には既に数人の観客が座って

いて、お姉さんはその人たちに笑顔を

向けながら歌っている。

いいなぁ…私もあんな近くでお姉さんの

歌を聴けたらいいのに、、そうは思うの

だけど、あの眩しすぎる笑顔を前にしたら

恥ずかしすぎて倒れてしまうんじゃないかと

本気で思うからこのベンチから動けずに

いる。


お姉さんに背を向けながら私が座っている

この円形のベンチの中央には樹木が植えて

あって、私はこの樹木の木陰から時折

後ろを振り返りお姉さんが歌う姿を

チラチラと覗く事しかできないでいた。

自分を呪いたくなるほどの意気地無し具合に

本当に嫌気が差してしまう。

それでもこの時間が私にはとても大切で

つまらなかった日常にできた唯一の楽しみ

だった。






♪♪♪


You're not alone,

together we stand

I'll be by your side,

you know I'll take your hand



アヴリル・ラヴィーンの

『Keep Holding On』が聞こえてきた。

洋楽を聴かない私は初めはこの曲は

誰かのカバーなのか、もしくはお姉さんが

作った曲なのかもわからなかった。

どうしても知りたくなった私は同じクラスの

洋楽好きの友達に鼻唄を歌ってこの曲を

知らないかと訊ねてアヴリル・ラヴィーンの

曲だと知った。


初めてお姉さんの歌声を聴いた時、あまりの

衝撃に鳥肌が立ったのを覚えてる。

めちゃくちゃ歌が上手いだけじゃなくて

声質というのか声色というのか分からない

けど、優しかったり力強かったりどこか

儚さもあったり…とにかく声がすごく綺麗で

好きだなと直感で思った。

そしてギターの演奏もすごくて、あんなに

華奢だから抱えているアコギがすごく大きく

見えるのだけど、弦を掻き鳴らす姿は

男性も顔負けなほど力強い。

そのカッコいい姿に時間を忘れるほど

見惚れていた。





午後20時


今日も素敵な歌声だったなぁ。

今日も、、話せなかったなぁ…

そんな事を考えながらトボトボと家路を

歩く。


ガチャ…バタンッ…


 「ただいまー」


シーン…と静まりかえる室内。


 「、、」


私には両親がいない。

小学1年生の頃、両親と私の3人で

家族旅行をしている時、事故に巻き込まれて

両親は亡くなって私だけが生き残って

しまった。

私は、お父さんとお母さんの腕の中で

守られていたから。


葬儀の日。

何もわからない私は棺の中で眠る両親が

もう目覚めないという事が全く信じられ

なかった。

あまりにもいつも通りの寝顔の二人を見て、

またいつものようにあくびをしながら

起きてきて、『おはよう』と微笑んで

くれるんじゃないかと思ってた。

でも、

しばらく経って次に二人を見た時には、

真っ白な骨だけになっていてこの時、

実感した。

もう二度とお父さんもお母さんも私に

微笑んでくれる事はないんだって。


火葬が終わって、会食が開かれている時

親族の大人たちが私を見ながらヒソヒソと

何かを話していた。

そんな姿を見て、幼いながらにこれから

自分はどうなるのだろうと不安になって

いた。

そんな時、


ポンポン


 「?」


後ろから誰かに肩を叩かれて振り向くと


 『夢莉、今日から私と一緒に住もう!よろしくね♪』


そう笑顔で声を掛けてくれたのが、

お母さんの姉である夕輝おばさんだった。




和室に置かれた仏壇の前に座り手を

合わせる。


 「ただいま。お父さん、お母さん、夕輝おばさん」


あの日から10年間、本当の娘のように

私を育ててくれた夕輝おばさんが1か月前、

がんで亡くなった。


私は家に帰ると必ずする事がある。

それは、夕輝おばさんが好きだった曲の

CDをかけること。



♪♪♪


どうして君が泣くの 

まだ僕も泣いていないのに

自分より悲しむから

つらいのがどっちかわからなくなるよ

ガラクタだったはずの今日が

二人なら宝物になる



秦基博の『ひまわりの約束』

この曲は当時上映してたアニメ映画の

主題歌だった。

私がその映画を見たくてアニメなんかと

面倒くさがる夕輝おばさんの手を引っ張って

見に行ったのに、気づいたら隣りで引くほど

泣いていた夕輝おばさんの姿は今でも印象に

残ってて微笑ましい思い出だ。

それからというもの、いつの間にか我が家に

このCDがあって、毎日この曲を聴きながら

口ずさんでいたくらい夕輝おばさんが

気に入っていた曲だから私は毎日このCDを

かける。

なんとなく、喜んでくれそうな気が

するから。






先生『太田、もう一度考え直せ。お前だったら絶対大学行けるから!おばさんが亡くなって落ち込む気持ちもわかるが…進学をやめるなんて勿体無いぞ!』


 「もう決めた事なので…失礼します」 


先『おい、太田!!まだ話しが、』


ガラガラガラ…


先生がまだ何か言ってたけど無視して

進路相談室を出た。

本当は進学するつもりだった。

でも、おばさんが亡くなってから

何も頑張れなくなった。

勉強も全然手につかなくて進学する気も

段々無くなってきて昨日、予備校も

辞めてしまった。


夕輝おばさんは大学には絶対に行きなさいと

言ってたのに、、

進学を辞めてしまった事、悲しんでるかな…



そんな私はまたいつもの駅前の公園の

ベンチに座っていた。

いつもなら活動日がわからないお姉さんが

今日は来るかな?とワクワクした気持ちで

ここに座って待っているのだけど、

今日はそんな気持ちにはなれなかった。

あまりにも自分が情けなくて…



ヒューー


今夜はやたらと寒くて、雪が降っても

おかしくないほど冷え込んでいる。

いつもはちらほらといるストリート

ミュージシャンたちの姿も全くなくて

こんな寒空ではきっとお姉さんもさすがに

来ないかな…それなら今日はもう帰ろうか…

でも、もしかしたら来るかもしれないし…

どうしてもお姉さんに会いたい気持ちを

捨てられない私は、マフラーをしっかり

首に巻き直し手袋をして膝にはブラン

ケットをかけて、来るかもわからない

お姉さんをずっと待っていた。



午後18時30分


いつもより少しだけ長く待ってみたけど

やっぱりお姉さんは来なかった。

今日はどうしても聴きたかったんだけどな…

お姉さんの歌…

まぁ、、そんなに世の中うまくいく訳

ないか…

そう思いながら膝に掛けていたブラン

ケットを折り畳み、鞄の中に仕舞って

ベンチから冷えて重くなった腰をあげて

帰ろうとした時、



♪〜♪〜


 「っ、、」


さっき覗いた時には確かに居なかったのに

いつの間に?

今日は会えない、、そう思ったのに

お姉さんはまたいつもの場所にあぐらをかき

寒空の中、ギターを弾いていた。





♪♪♪


You're not alone,

together we stand

I'll be by your side,

you know I'll take your hand




お姉さんがいつも一曲目に歌うのは

この曲だ。

柔らかく通る歌声が今夜はいつもより

静かな公園と私の心により響いて聴こえて

きて、なぜだか目頭が熱くなってくる。

その熱い物が溢れてしまわないように

目を瞑りながら耳を傾けていた。

いつものようにお姉さんに背を向け

ベンチに座り小説を手に持ちながら。



♪〜、、、、


綺麗な歌声とギターの音色にしばらく

浸っていると、突然静かになった。

あれ…どうしたのだろうと思い、後ろを

見ると、『ゴホンッゴホンッ…』と

お姉さんは咳をしていて、プルプルと

震えてるようにも見える。

もしかして風邪でもひいてるのかな…

さすがに今夜は寒すぎるから、そろそろ

帰った方がいいんじゃ、、

でもそんな心配をよそにお姉さんは

掌にハァーと息を吐いてからまたすぐに

ギターを弾き始めた。


♪〜♪〜


 「、、」


雪が降ってもおかしくないほど寒い中、

地面にあぐらをかきながら青く澄みきった

夜空を見上げるあなたの口から白い息が

見える。

なぜあなたはギターを弾く事をやめないの

だろう…

それに比べて私は、、どうしてなんでも

すぐに諦めてしまうのかな…
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