* 中編 約束の向こう側

□約束の向こう側 第7話
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ガコンッ…


ベンチから少し離れた公園内にある自販機で

温かい飲み物を2本買った。

片方は自分の分で、もう片方はお姉さんの。

渡す勇気もないくせにとりあえず買って

温もりが逃げないようにダッフルコートの

ポケットに忍ばせた。


ベンチから離れてる隙にお姉さんが帰って

しまうかもしれないから小走りをして

急いで戻るとまだいつもの場所に座ってる

お姉さんを見て、ホッと胸を撫で下ろし

ベンチに腰を下ろした。



♪〜♪〜


その日によって歌う曲が少し替わるのだけど

始まりと終わりだけはいつも同じだ。

この耳慣れた曲を弾いてるという事は

もう今夜はこれで終わりなのだろう。

少し寂しく思いながら駅の壁時計を覗くと

時刻はもう19時半を回っていて、

いつも感じるけど、お姉さんとの時間は

本当にあっという間だ。

「お姉さんとの」 だなんてカッコつけてみた

自分に笑えてくる。

本当は到底そんな風には言えなくて

勝手に時間を共有してる気分になってる

だけなんだけど…


 「ハァ…」


ダッフルコートのポケットに手を入れようと

すると左右に温かなペットボトルが1本ずつ 

鎮座していて私の手を入れるスペースは

ほんの僅かだ。

「今日の演奏も素敵でした」とでも一言添えて

さっさと渡せばいいものを、、

そう頭ではわかってるんだけどな…

やっぱりこのミルクティーをお姉さんに

渡す勇気はまだ私にはないみたい。


そんな情けない事を考えている間に

最後の曲がもう終わってしまった。

この時間が終わってしまったのは残念だけど

沈み込んでた気持ちは心なしか浮いてきた

気がする。

今日お姉さんがここに来てくれた事が

すごく嬉しかったから。



いつもなら最後の曲が終わるとすぐに

ギターをケースの中へ仕舞い帰る準備を

するのに、今日のお姉さんはまだギターを

抱えて座ったままだ。

どうしたんだろう?もしかしてまだ何か

歌ってくれるのかな…もしそうだとしたら

嬉しすぎる。

お姉さんとの時間が延長されるかもと

私は素直に心の中で喜んでいた。

この時はまだこのあと起こる出来事など

予想だにしてなかった。



♪〜♪〜


 「えっ、、これって、、」


このメロディ…知ってる。

この曲が何なのかすぐに分かった。



♪♪♪


どうして君が泣くの 

まだ僕も泣いていないのに

自分より悲しむから

つらいのがどっちかわからなくなるよ

ガラクタだったはずの今日が

二人なら宝物になる




いつもは歌ってなかったのに、、

夕輝おばさんとの思い出の曲をあなたが

歌っていた。

どうしてかは分からない。

ずっと近付く事を恐れていたのに

その歌声とギターの音色に吸い寄せられる

かのように、気づいたら私は

歌うあなたの目の前に立っていた。



 『君、あの時の…』


演奏が終わったあと、顔を覗き込んできた

お姉さんは私に気づいてくれた。


 「ふっ、、うぅっ…」


 『えぇぇーめちゃくちゃ泣くやん…大丈夫?、、何かあった?』


心配そうな声でお姉さんは問い掛けて

くれてる。

自分でもどうしてこんなに泣いてるのか

わからなかった。

ただ、

なぜだか今、すごく実感してしまった。

夕輝おばさんも亡くなって、

本当にひとりぼっちになってしまった事を。


どうしてみんな居なくなっちゃうんだろう…

どうして私だけ、、生きてるんだろう…

罰当たりな考えだとはわかってる。

でも、こんな寂しい思いするのなら

私も一緒に連れて行ってほしかったよ…




それからどのくらいの時間が過ぎたの

だろう。

こんな状況の私を見てきっとお姉さんは

困ってるはずなのに何も言わずにただずっと

私が泣き止むまでそばに居てくれた。


 『ちょっと落ち着いてきた?』


 「はい、、すみません…いきなり泣かれて意味わかんないですよね、、」


 『ううん、ええよ全然』


そう言ってお姉さんは涙の理由を問い

質す事もなく、ただ優しい眼差しを向けて

くれていた。


 『あたしもさ、な〜んか心が沈んでんなぁって思う時はわざと泣ける映画見て周りが引くほど泣くねん。そうするとさ、めっちゃスッキリするから』


 「、、」


その言葉を聞いて、ふと頭に浮かんだのは

無理矢理手を引いて入った映画館で周りが

引くほど泣いてた夕輝おばさんの姿だった。


 『泣ける時にはしっかり泣いた方がええよ。泣きたいのに泣けない時ほどしんどい事ないからさ』


確かに、、泣き疲れた気だるさはあるけど

少しだけ心が軽くなった気がする。

ずっと泣けなかったから…


夕輝おばさんは私の前ではいつも明るくて

元気一杯で…弱音を吐いてるところなんか

見たことなかったけど、きっと私には

分からない色んな思いがあったはずだ。

瞼を腫らしながら『泣きすぎたわぁ〜』と

笑った姿にあの時は呆れてたけど、

今は少しでもあの時、夕輝おばさんの心が

晴れやかなものになってたらいいなと

思った。



 『あっ、そういえばやっと来てくれたな』


 「え?」


 『あたしの歌、聴きに来てくれたんやろ?いつ来てくれるかなってずっと待ってたんやで?』


 「っ、、」


お姉さんから路上ライヴしてる事を聞いて

からほぼ毎日ここに通い、実はあの樹木に

隠れて覗いてましたなんてとてもじゃない

けど言えない…

返事に迷っていると、『ありがとうな』と

言って突然私の頭をポンポンと撫でた

お姉さんはクシャッとした顔で笑った。


 「(うっ、、)」


そんな笑顔をこんな間近で向けられたら

やっぱり私の胸は強く鼓動を刻んで

すごく苦しくなった。

今の私にはあなたの笑顔は眩しすぎるから

だからあのベンチの木陰から覗くぐらいが

丁度いいんだと思う。

でも、少しずつでいいから。

あなたの笑顔が私に向けられる回数が

増えていくといいななんて思う。



 『ゴホンッゴホンッ…ごめん、ちょっと風邪気味でさ』


やっぱり風邪ひいてたんだ…よく見ると

鼻の頭が赤くて時折鼻をすすってる。


喜んでくれるだろうか、、

多分、喜んでくれるはず。

寒そうに小さく震えるあなたに少しでも

役に立ちたくて。

ほんの少しだけ勇気を出してみようと

思えた。


 「あの、、」


 『ん?』


 「コレ、、よかったら…」


ダッフルコートのポケットに忍ばせていた

2本のミルクティーをお姉さんに差し

出した。

まだほんのり温かくてよかった…


 『コレ、、あたしに?ええの?』


 「はい…少し冷めちゃったんですけど…」


 『ヤッターありがとう。じゃあ1本戴くな。うあぁー温か〜い♪』


渡せるかわからなかった温かなミルク

ティーを今、あなたが自分の頬にくっつけて

幸せそうに笑ってる。

なんとなく真似したくなって私の手に残った

もう1本のミルクティーを自分の頬にそっと

くっつけてみると、『温かいね』と

あなたは優しく微笑んだ。

そんな笑顔にやっぱりドキドキしてしまった

けれど、

それ以上に私の心もとても温かくなった

気がした。
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