* 短編

□二人の足跡
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ガチャ


 「よいしょっと、ただいまーー」


駅からここに来るまでの間にあるスーパーで買った食材たちが入ったビニール袋を両手に下げながらなんとか鍵を開けて玄関のドアを開き、中に入った。


シーンと静まり返る室内には、家主がまだ帰宅していない事がわかる。
まぁ、そんな事は知ってたんだけど。


廊下を通りリビングに入ると、朝脱いだと思われるパジャマが床に落っこちてたり、食べかけのお菓子の袋や飲みかけのコーヒーカップがテーブルにそのまま置かれていたりして、綺麗好きの彩ちゃんにしては珍しく部屋が散らかっていた。でもこんな状況になるのも無理はない。とにかく彼女は忙しい毎日を過ごしているから。

全国ツアーが終わってからというもの、色々な仕事を並行してこなしながら休む事なく制作活動に精を出していた彩ちゃん。昨晩してたテレビ電話での彼女は『やっとレコーディングや!』と嬉しそうに笑って気合いが入ってる様子だった。そんな姿を見てこっちまで嬉しくなったし、同時に自分も頑張らなきゃと刺激を受けた。


キッチンに向かい食材の入ったビニール袋を下ろすと、ふと目に入ってきた小さなダンボール。一体なんだろう?とは思ったけど、今はそれどころではなくて。


 「もう21時か。急がなきゃ!」


買って来た食材を急いで冷蔵庫にしまって、エプロンを着て、しっかり手を洗う。

去年は素麺を茹でたけど、今夜は時間が時間だしな…
カロリー低いから罪悪感なく食べれるらしいチューペットでさえ半分しか食べない程、プロ意識の塊である彼女には遅い時間に食べてもいいような消化の良い温かな物を作ろうと考えていた。

確か、終わるのは23時頃だとLINEが来てたよね。驚いてくれるだろうか、、今夜私がここに居る事を彼女はまだ知らない。
そう、これは私なりのサプライズだった。
だって今日は、私と君の大切な日だから。



 「よし!完成♪」


こんな時間に食べても罪悪感がないよう、しめじやえのき、舞茸などのきのこ類と海藻がたっぷり入った春雨スープを作った。本当ならもっと豪華な御馳走を作ってシャンパンで乾杯なんて大人な事をしたいところだけど、それはまたいつか実現させたいな。

今の時刻は22時。
ご飯を作り終え、部屋も片付けたしあとは彩ちゃんが帰ってくるのを待つだけだ。


 「早く帰ってこないかなぁ…」


そんな独り言を呟きながらもうすぐ会える事に胸を踊らせていた。

する事もなくなったからソファーに座りSNSをチェックしたりして時間を潰していると、


ガチャガチャ…バタンッ


物音が聞こえて、彩ちゃんが帰ってきたと思い、玄関までダッシュした。


 「おかえりなさい!さや、か、ちゃ…、、」


彩『えっ、夢莉?!!、、どうしてここに?!』


いつもの彩ちゃんなら私が玄関まで迎えに行くと、フリフリと揺れる尻尾が見えそうなほど嬉しそうな顔をして抱きついて来るのに。目の前に居る彼女は真っ青な顔をして冷や汗を流してる。

今日はサプライズのはずだった。
だってこういうの彩ちゃん好きでしょ?
きっと喜んでくれる、そう思ってたのに…


 『彩?この子は?』


彩『えーっと、、あのね、前に居たグループの子。ただの後輩だよ。』


ただの、、後輩、、、


卒業してからもずっと私達の関係は変わらないって思ってたけど、この世には色々なしがらみがあって、最近の私達はなかなか会えなくなってしまった。でもそれはお互いを大切に想い合ってるからこそであり、私達の関係を守る為だから。いつか堂々と手を繋いで外を歩ける日が来る事を信じて寂しさに負けないよう、沢山たくさん我慢してきた。それでも今日だけは。大切な君との記念日だからどうしても二人で祝いたくてここに来たのに。こんな事になるのなら来なければよかった…
大切に思ってたのは私だけだったんだ…

私の目の前に立つ二人の男女。
ひとりはもちろんこの家の家主である君。そしてもうひとりは全く知らない背の高い男。男の腕に絡められた細くて白い腕を見て、そういう関係である事は明らかだった。


 「、、、」


男『そうなんだ。今日来て良かったの?この子と約束してたんなら今日は帰るよ』


彩『待って!約束なんかしてないから!もう、夢莉、来るなら来るって言ってくれればよかったのに…』


彼の前では標準語なんだ、、
なんだか知らない君を見てるようだ。

確かに約束などしてない。
してなかったけど、、
今日がなんの日か、覚えてないの?


 「っ、、」


逆ギレとも開き直りとも思える君の態度があまりにもショックで何も言えなくなった私にトドメを刺すような彩ちゃんからの帰ってほしそうな視線に胸が苦しかった。こんな時でさえ君の気持ちが伝わってきてしまう自分を呪った。


 「すみません彩さん、勝手に上がり込んでしまって。邪魔者はもう帰りますね!それではごゆっくり!」


彩『、、、』


男『え、でも、、本当にいいのかな、、』


私から視線を外した彼女とは正反対に、心配そうな顔でこちらを見てくるこの男の様子に苛立ちを覚えた。
もっと嫌な男だったらよかったのに…そしたら君を渡す訳にはいかないから私はここから出て行ったりはしない。でもこの人は見た目も格好良くて彩ちゃん好みだし、優しそうな雰囲気を感じてしまって勝ち目などまるでないように思えた。

そしていつもならリビングに置くはずのカバンが今日に限ってなぜか今立ってる場所のすぐ近くに置いてあって、さっきまでSNSを見てたスマホはそのまま自分の手の中に握られていた。
本当はここから出て行きたくなんかないのに、、これじゃあすぐにここから出て行ける条件が整いすぎてるよ…



ガチャ…バタンッ…


いつかこんな日が来るかもしれないとは考えた事もあったけど、こんなにも何の前触れも無く突然訪れるなんて聞いてない。


 「くっ…、、ふぅっ…」


少し位、嫌味でも言ってやりたかった。
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