* 中編 約束の向こう側

□約束の向こう側 第8話
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side yuuri




2016年



カラカラカラ…


 「うぅぅーん…ハァ…今日もいい天気だなぁ」


窓を開けてベランダに出てみると暖かな

陽射しが気持ちよくて、背伸びをしながら

朝の爽やかな空気を胸いっぱい吸い込んだ。


チュンチュン…チュンチュン…


少し離れた場所にある電線の上には沢山の

スズメ達が集まっていて、そのすぐ下の

歩道を歩く小学生の集団を眺めながら

何やら会話してるように見えて面白い。

ふとその集団の中に淡い水色のランドセルを

背負う小さな女の子を見つけた。

新1年生だろうか。

あまりに小さなその背中に背負われた

ランドセルがやけに大きく見えて重そう

なのに、それを苦ともしてない様子で

ルンルンと歩き、上級生のお姉さんに

手を引かれ笑ってるその表情はとても

無邪気だけど希望に満ちていて尚且つ

新しい環境へと怯える事なく向かう様は

とても逞しく勇敢に見えた。

そんな姿がいつしかの自分と重なった

気がしたけど、今の自分とあまりにも

掛け離れてるようで何とも言えない感情が

押し寄せてきた。


月日は流れて、4月。

身を縮めるほど厳しい寒さだった冬は

いつの間にか過ぎ去り、気づけば外には

あらゆる春色が溢れ随分と過ごしやすい

穏やかな暖かさで心地よい季節になって

いた。


私は無事、高校を卒業した。

今は何してるかというと…

結局進学はせずに、自宅にほとんど

引き込もって世間で言うニートという

ものになっていた。

友達からは『勝ち組やん』だなんて

からかわれたけど、完全なる負け組に

属されたと実感している。

普通ならおばさんが亡くなったのだから

ちゃんと働かなきゃ生活していけない

はずだけどそんな気力も湧かなくて。


夕輝おばさんは45歳という若さで

天国に行ってしまった。

ずっと独身だったおばさんにとって

実妹の子供とはいえ、私を引き取った事を

後悔したりしなかったのだろうか。

私さえいなければ恋愛して結婚して、

子供を産んだりしてもっと幸せで充実した

生活を送れていたんじゃないかって…

夕輝おばさんが手にするはずだった幸せを

自分の存在が邪魔して奪ってしまったのでは

ないかと申し訳ない気持ちでいっぱい

だった。

それなのにおばさんは私に高額な保険金と

大学進学費用を残してくれていた。

いつもそうだった。

自分の事は何でも後回しにして私の事を

優先してくれて…買いたい物もきっと

あっただろうに我慢してお金を貯めて

くれたに違いない。

どうしてそこまで私の為に、、

こんなの感謝してもしきれないよ…

それなのにおばさんの望むように進学

しなかった自分はすごく薄情だし恩知らずに

感じて、このお金を使う価値も資格も

自分にはなくて手をつけられなかった。

だから今は自分の貯金を切り崩して

できるだけ質素な生活を送っている。

でもその貯金もいつかは底を尽きる日が

来るわけで…だんだん少なくなっている

通帳の残高を見る度にちゃんと働かなきゃ

とは考えている。

そうわかってはいるけど…動き出せずに

いるのが今の私だった。



そんな日常の中でも変わらず続けているのは

あの駅前の公園へ通う事だ。

でも、ここ1か月程お姉さんは全く姿を

現さなくなった。

その理由は、、私が知る訳もない。

私とお姉さんの関係は4か月経った今でも

特に発展していないのだから…

でも一度だけ、もしかしたら発展するかもと

思えた出来事があった。

あったけど、、その日を境にお姉さんは

この公園に来なくなってしまった。





3月1日


この日は高校の卒業式だった。

午後から行われた卒業パーティーが終わり

お世話になった先生や校舎に感謝の意を告げ

クラスメイト達とはまたいつか再会しようと

約束をして別れて、今はその帰りの電車に

揺られてる。


柊『卒業したくないよーー!!』


 「はい残念でした〜私たちはもう卒業したんですよ〜」 


柊『あぁぁーー泣 なんでそんな事言うん?!夢莉の悪魔ーっ!』


 「ふっふっふっw ごめんごめんw 泣かないで柊ちゃん、よしよし」


柊『うわぁーん夢莉〜泣』


 「うおっ!こんなとこで抱きつくなよw」


この公衆の面前で私に抱きついてるのは

クラスメイトで親友の薮下柊。

柊ちゃんとは幼稚園からの仲で、冷めてる

自分とは違いとても元気で天真爛漫な彼女が

どうして私なんかとずっと仲良くして

くれてるのか不思議に思う。

前に一度聞いてみたら『顔が好きだから』と

言われて余計謎が深まったけど、

柊ちゃんには何でも話せるし時には

ケンカもするけどとても信頼できるし、

それは柊ちゃんも私に対してそう思って

くれてるのを感じるからこの関係は私に

とってとても心地がいい。

親同士も仲良くて家族ぐるみの付き合いを

していた。

その関係は今でも続き、柊ちゃんのご両親や

お祖母さんにはとてもよくしてもらってる。



ガタンガタンッ…ガタンガタンッ…


外はもうほんのり暗くなっていて、車内灯の

反射で電車の窓ガラスに自分と親友の姿が

映って見えるのだけどそれを見て、

もうこうして一緒に登下校する事はないんだ

と少し寂しくなってきた。


柊『お婆ちゃんがな、ずっと心配してんで』


 「え?」


柊『夢莉はこれからどうするんやって』


 「…うん、自分でも不安で仕方ない…」


柊『もし就職するならお祖母ちゃんが知り合いの会社紹介できるって言ってたけど、、そんな状況ではないもんな…』


 「うん、、」


進学も就職もせずに卒業することに

自分でも不安になっていた。

これからどうなってしまうのかって。

そんなの自分次第だという事はわかってる

けど…


柊『、、とりあえず言える事はあたしはいつどんな時でも夢莉の味方やからな!絶対忘れるなよ!』


 「ふふっ…うん。ありがとう」




それから柊ちゃんと別れて私はまたいつもの

公園へと向かった。


駅の壁時計を見ると時刻は17時48分。

3月に入ったとはいえ、この時間になると

まだまだ寒いけど、少し前までの凍える程の

寒さではなくて冬の終わりが近づいてるのを

感じた。


お姉さんはまだ来ていないようだし、

今日来るともわからないけどいつものように

ベンチに座り鞄から小説を取り出す。

最近の私の変化と言ったらこの小説。

前までは心がソワソワして読書してるフリを

してるだけだったけど、いつからか本当に

読書するようになっていた。

毎回買うにはお金がかかるからこの前

図書館で何冊か小説を借りてきた。


実は昔から読書するのは好きだった私が

小学生の頃ハマってたのが

「ダレン・シャン」シリーズだ。

毒グモに噛まれた友人を助ける為に

バンパイアと危険な取引をして半バン

パイアになってしまった主人公の物語で、

その世界観に魅了されて「私もバンパイアに

なりたい!」と口癖のように言っては

『アホちゃう?』と夕輝おばさんによく

笑われてたっけ…

 
今日持ってきたこの小説はたまたま手に

取った物で、一体どんな物語なのか全く

知らないからわくわくしながらページを

繰ると少しずつその世界観に引きずり

込まれていった。


   

 『こんばんは。』


 「・・・・」


 『おーい、』


 「・・・・」


 『太田夢莉さん?』


 「えっ!…あっ、、」


 『やっと気づいたw こんばんは』


 「こ、こん…ばんは…」


いつの間にか本格的に小説の世界に入り

込んでしまってたらしく気づかなかった…

私の前にはまさかのギターケースを背負った

お姉さんが立っていてこっちを見て笑って

いた。

うわぁ…今日も笑顔が眩しい…

静かだった心臓が一気に暴れだすもんだから

困ったものだ…


 『今日はお友達いないんだね』


 「あぁ、、はい…あの日はお騒がせしてすみませんでした…」


ここ数ヶ月、ずっと本来降りるべき駅で

降りずにどこかへ向かう私を怪しんだ

柊ちゃんは毎日しつこくどこに行くのか

聞いてくるものだから言ってしまったのだ…

好きな人ができて、その人に毎日会いに

行ってる事を。

すると、なぜか大喜びした彼女は一緒に

ついて行きたい!と言って利かなかったから

先週柊ちゃんもこの公園へ連れて来た。

でもやっぱり自分の好きな人を見られるのが

恥ずかしくて、どうか今日はお姉さんが

来ませんように…と願ったのだけど、

こういう時に限ってお姉さんは来るん

だよなぁ…本当に私は運が悪い。

別に隠してた訳ではなかった。

今までも好きな人ができたらお互い報告

してたし。

でも今回はいつもと違うというか、、

相手が女性だから言いづらくて。

実際に告げたあと少し驚かれたからやっぱり

そういう反応になるよねと思ったけど、

そのあとすぐにまるで自分の事のように

柊ちゃんは喜んでくれた。

『男でも女でも夢莉が好きだと想える人が

できたことが嬉しい』と彼女は涙目になって

喜んでくれて、そんな彼女の温かさを感じて

嬉しくなった。

のだけど、、、

このあと私は彼女をここに連れてきたことは

間違いだったと後悔する事になる。
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