* 中編 約束の向こう側

□約束の向こう側 第9話
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side sayaka




2016年4月





木『は?!!って何やねんw 驚きすぎやろ』


片方には茶色の紙袋を抱え、もう片方には

焼き芋を手に持ちながらケラケラと

笑ってるとても嬉しそうなオーナーとは

裏腹に、きっとあたしの顔は青ざめてると

思う。








 「おはようございます」


マ『おはよー!あのさ、ここに来るまでにオーナーと行き逢わんかった?』


出勤してすぐ居合わせたマネージャーから

話し掛けられた。


 「え?会ってませんけど」


マ『そっか…もお〜あの人はすぐ黙ってどっか行くんやから!携帯もデスクに置きっぱなしやし!何の為の携帯やねん!』


どうやら木下オーナーを探し回ってる

らしいけど、こんな事は日常茶飯事だ。

自由気ままな木下オーナーが携帯電話を

持たずに出掛けてしまうのはよくある事

だから。

プンプンと怒ってるマネージャーを尻目に

二階の控え室へ向かうと外から微かに人の

しゃべり声が聞こえたような気がして、

窓から外を覗いてみると事務所の前の道に

木下オーナーの姿が見えた。


カラカラカラ…


でもそこに居たのは一人だけじゃなくて、


 「オーナー!ここにおったん、、や…」


そこにはもう一人、

1か月前のあの日、あたしの心を強く

揺れ動かした張本人がいた。



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2015年12月


横山楽器店


♪〜♪〜


ガチャ…バタンッ


横『頑張ってるか〜?』


 「うわっ!ビックリしたぁ…ノックくらいしろよ」


夢中になってギターの練習をしていると、

親友の横山由依がノックもせずにスタ

ジオ内に入ってきた。


横『あははっw ごめん忘れてたわ。ところでさ、いつまであの仕事続けるつもりなん?』


 「いきなり入ってきてまたその話?」


パイプ椅子に座り腕組みをする彼女は

この横山楽器店の跡取り娘だ。

彼女のお父さんが経営してるこの楽器店には

貸しスタジオも併設されていて、平日の

昼間は利用する人が少ないからといつも

あたしはタダでこのスタジオの一室を借りて

ギターの練習をさせて貰っていた。


 「いつまでって、メジャーデビュー決まるまでやけど?オーナーともそういう約束やって前から言うてるやん」


横『もう始めてから1年やんな?こんな事言うのもなんやけど…他の仕事見つけた方がええと思う』


またか、、あたしが倶楽部NAMBAで働き

始めた頃からずっとゆいはんはこの仕事を

続ける事を反対していて、1か月に一度は

必ずこの話題になるのだ。

でもまぁ当然と言えば当然だろうとも思う。

親友が風俗で働く事を喜ぶ人などいない。


 「何度も言うけどそんな悪い仕事やないよ。極たまに変な客はおるけど…基本みんないい人やし。短時間でお金も沢山稼げるしいい仕事やで」


あたしは子供の頃から歌手としてメジャー

デビューする事が夢だった。

その夢は今でも追い続けてるから、就職する

つもりなど微塵もない。

でも、生活するにはお金が必要というのが

世の現実で…一時期バイトはしていたものの

バイト代だけでは生活などできないから

親から仕送りして貰う日々が続いていた。

等の昔に成人したというのにいつまでも

親を頼っててはいけない、就職した方がいい

なんて事は分かってた。

でもそうすると今度はギターを触る時間が

一気に減ってしまう訳で…

オーディションにも積極的に参加していて、

いつもいいところまでは行けるのだ。

去年の冬に受けたオーディションでも

いいところまで行ったけど結局、

デビューするまでには届かなくて、、

そんな自分への苛立ち、理想と現実の間で

彷徨い苦しんで、その捌け口を探して

荒れた生活を送ってた時期に木下オーナー

から声を掛けられた。

風俗で働く事に少しの戸惑いもなかったと

言えば嘘になるけど、短時間でしっかり

稼げて少しでも多く音楽に時間を費やせるの

なら自分的にはとても好都合だった。



横『あたしは彩の体を心配してんねん』


 「あぁ〜大丈夫大丈夫。人間なんて年中発情期なんやから」


横『そういう事やなくて!、、もし病気移されでもしたらどうすんの?』


 「それも毎回言うてるやん。あたしも気を付けてるし定期的に性病検査してるから心配いらんよ。うちの店は客側にも性病検査させてるしな」


倶楽部NAMBAではキャストはもちろんだけど

客側にも性病検査をするよう推進してる。

もちろんしてくれないお客もいるけど、

検査してくれたお客には料金の割引特典を

設けてるからよくうちの店を利用してくれる

常連客の大半が検査をしてくれている。

そういったキャスト側の安全面も考えて

くれる店だからこそ、あたしはこの仕事を

続けられている。

でも結局、この世界で働いた事のない人には

何をどう言っても心配されるからこの話には

終わりが来ない。

それはいつもの事だし、悪いけど当分辞める

つもりもないあたしはもうこの話をしたく

なくて、違う話題に切り替えたかった。


 「そんな事よりさ、昨日、久々におもろい子見つけてん」


横『、、、おもろい子?』


 「うん。」


『話、切り替えよったな』という心の声が

ゆいはんから聞こえてきそうな顔をしてる

けど、あたしの話に乗ってきてくれた。

よかった…今日はこれで勘弁してくれる

らしい。



あの日は仕事が終わってホテルから外に

出てきたら揉み合うような声が聞こえてきて

視線を向けると、ホテルの前で女子高生と

おっさんが何やら揉めてるようだった。

面倒事に首を突っ込むのは御免だったけど、

明らかに女子高生の方はホテルに入るのを

嫌がってるのに無理矢理手を引っ張る

おっさんの姿を見てこれは犯罪の匂いが

すると思い声を掛け、何とか荒ぶる

おっさんから女子高生を助ける事ができた。


横『へぇーそんな事あったんや。正義のヒーローやん。それで?なんでそんなニヤニヤしてんの?』


 「え?、、いやぁ、、モテる女はツラいなぁって」


横『は?』


 「その助けた女子高生な、絶対あたしの事好きになったと思う」


横『何言うてんの?勘違いやろ』


 「いやいや、ほんまやって!あの反応は絶対そう!」


自分で言うのも何だけど、今までそれなりに

モテてきたあたしには経験上、何となく

わかる。

目が合うだけで顔を真っ赤にさせたり

あたしの言葉や表情の変化一つ一つに

オロオロとする姿は絶対好意を寄せてる

証拠だ。


横『さすがやなー。昔から男女問わず人間ホイホイで有名な彩ちゃんやもんな。それで?連絡先でも聞かれたん?』


 「聞かれてへん」


横『なんや、じゃあもう終わりやん』


 「フンッ、甘いな。終わらす訳ないやん、このあたしが」


横『まさか、また悪い癖出したんちゃうやろな?相手は女子高生やで?』


あたしは自他共に認める遊び人だった。

仕事のルール上、恋人は作れないけど

仕事に支障のない程度の遊びならいいと

木下オーナーからも言われてたから、

言い寄って来た人の中で可愛い子が居れば

たまに適当に遊んでいた。

だいたいの子はあたしのギターと歌を

聴けば堕ちるのをわかってたからあの日も

いつもと同じほんの軽い気持ちで誘った

だけだった。


" N駅の前にある公園であたしよく路上ライヴしてるからさ、もしよかったら見に来てよ "



 「女子高生でも体は立派な大人。まあ適当に遊んで楽しんだら、さよならやな」


この時のあたしはまだ気づいてなかった。

君との出会いは、

こんな最低で心底腐れ切ってた

あたしの人生を大きく変えてしまう程の、


横『ハァァ…その内絶対罰当たると思うわ…』


 「ははっ、まあ大丈夫っしょ♪」


運命の出会いだった。



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あの日はとても寒い夜だった。

雪が降ってもおかしくないほど冷え

込んでいて、いつもはちらほらといる

ストリートミュージシャンたちが

その日は全然いなくてあたしはひとり、

地面にあぐらをかきながらかじかむ手で

ギターを弾いていた。

歌うあたしの前に突然現れた君は、

大きな瞳からポロポロと大粒の涙を流して

いて、少しして泣き止んだと思ったら今度は

ポケットから温かなミルクティーを差し

出してくれた。

2本ある事を考えると、もしかしたら

あたしに渡そうと買ってきてくれたの

だろうか。

緊張してるのか、それともこの寒さから

なのか、微かに震える手で渡してくれた事に

君の一生懸命な優しさを感じて冷えきってた

体だけじゃなく心までも温かくなった

気がした。

結局、どうして泣いていたのかはわから

なかった。

気になったけど、聞けなかった。

君の瞳は何の混じり気もなく凄く綺麗なのに

どこか寂しさを含んでるような眼差しだと

気づいたから。


その日以降、しばらく姿を見せなかった

君の事をなんとなく頭の片隅に残したまま

いつもの公園へ向かうと偶然見つけて

しまったあの後ろ姿。

紺色のダッフルコートにアンティーク

イエローのチェック柄のマフラーを首に

巻いたほんのり色素の薄い綺麗な髪が、

あたしがいつも座ってる場所から少し離れた

円形のベンチの樹木の隙間から見えた。

その後ろ姿がどうして君だとわかったのかは

自分でもわからない。

でもなぜか君だと確信していた。


どうしてあの場所なんだろう…

こっちに来たらいいのに…

せめてこっち向いてくれんかな…


なんて事を思いながらいつもより少し

大きな声で歌っていると、後ろを振り返った

君と目が合った。

やっぱりそうだった!なんて嬉しくなって

微笑んでみせたらすぐに顔をそらされた。

少しショックだったけど、またすぐこちらを

ゆっくり振り返ってくれた君の顔は、

遠くからでもわかる程とても真っ赤だった。

もしかしたらいつもあのベンチからあたしの

歌を聴いてくれてた?

もしそうだとしたら…凄く嬉しい、、


そして数日経ったある日、


 "この子、彩さんの事好きになっちゃったみたいなんです!だから、お友達から始めてみて貰えませんか?"


突然告げられた。

本人からではなく友達からだったけど。

その想いは前から察してはいたけど、いざ

そう告げられると柄にもなく動揺して

しまった。

あたしのどこがよかったんだろう?

この子ならいくらでも言い寄ってくる人

居そうだし選び放題なはずなのに。

そんな疑問を頭の中で浮かべながら君を

見ているけど、いっさいあたしと目を

合わせようとしない。

そんな様子がなんだかとても新鮮で、

めちゃくちゃ可愛いく感じて頬が勝手に

緩んでくる。

何だろう、この感情は。

踊り出してしまいそうな、

心の中がくすぐったいような…

こんな感情は生まれて初めてだ。

名前もわからない感情が確かに自分の中で

芽生えてた。


それからのあたしは仕事がある日でも

毎日この公園に来ては、君の後ろ姿を

探す日々を送っていて、なかなか姿を

現さない事を寂しく思ってた。


そして5日ぶりに会えた1か月前のあの日、


 " さ…やかさん、、好きです "


初めて名前を呼ばれ、

震えた声で想いを告げられた時、

はっきりと気づいた。


ほんの遊びのつもりだった。

もし君があたしの歌を聴きに来てくれたら、

どうやって気を引いて、どうやって

ホテルに誘おうかなんて事しか考えて

なかったのに…

あたしの中にあったこの野蛮で欲望に

満ちた感情はとっくに浄化されてて、

墜ちてしまったのはあたしの方だった。



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木『どないしたん?w そんな難しい顔して』


 「、、、」


こんな事、普通に考えて絶対ありえない。

どうしてここに?、、

動揺して頭が真っ白になったあたしは

木下オーナーの問い掛けにも答えられ

なかった。


木『なんやねん、変なの。まぁええわ。』


ガチャ


木『さぁさぁ、とりあえず事務所の中入り!色々話したい事があるから』


夢『、、はい…失礼します…』


あたしと合っていた視線をそらした君は

木下オーナーの後に続いてこの店の扉を

潜ろうとしてる。


 「っ、、」


どうしてこんな事に、、


そうか、、ゆいはんが言っていた罰が

今、こうして当たってるのかもしれない。


あたしはこれが現実なのかそうでないのかも

わからないまま、ただ呆然としながら

二人が扉の中へ入る様子を二階の窓から

ただ見ている事しかできなくて、


バタンッ


あたしの恋が終わった音がした。



でも、、

いいのかこれで…

本当に終わらせていいのかと自分自身に

問い掛けていた。
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