* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 1
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 「っ、、」


 『だめですか?…』



そんな瞳で見つめられても、、

あたしはどうしたらいいんだ…

そもそも、どうしてこうなった?

この出会いは偶然か、はたまた必然か。



昨晩、あたしはある拾い物をした。

訳ありそうな悲しげな瞳をした、

野良犬のような君を。








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ガチャ バタン


 『さや姉〜?入ってもええ〜?』


玄関のドアが開かれる音がしたと思ったら、すぐに甲高い声が聞こえた。そしてリビングに繋がる廊下を歩いてくる足音も。また鍵を締め忘れてしまったらしい。



 「返事する前に入って来るのおかしいやろ…」


ガチャ


朱『お邪魔しま〜す♪あっさや姉〜たこ焼き買うてきたで〜、、って、どうした?!その顔!!うわっ、酒くさーっ!』


ローテーブルの上に突っ伏したあたしの周りには大量の潰れた空き缶が転がっている。朱里の方へ顔を向けた途端、相当酷いらしいあたしの顔を見た彼女は鼻を摘みながら顔を歪ませた。


 「うるっさいな…ヒック…酒でも飲まなやってられへんわ…」


今のあたしは相当やさぐれている。
つい、数時間前に起きた出来事のせいで。
最悪な状況を受け止めたくなくて、現実逃避するが為に近所のコンビニで大量の酒を買い、浴びるかのように飲んだ。こんなに飲んだのは生まれて初めてだった。


朱『あ〜あ〜、そんなに強くないのにこんな飲んじゃって…二日酔い確定やん。こんなんで明日仕事行けるん?せっかく次期係長候補に名前あがってんのに。大島課長にガッカリされんで』


 「そんなんどうでもええねんっ…今は仕事の事なんか考える余裕ない…、、ヒック…どうせあたしなんか…誰にも必要とされへんねんから、、」


朱『病んでんなぁ〜…』


この苦笑いを浮かべてる女性は吉田朱里。高校時代からの腐れ縁で大学も同じだったし、今働いてる広告代理店の同僚でもある。一駅分しか離れてない距離に住んでる彼女は自分が暇な時にこうして突然連絡も入れずに遊びに来る。ドアの鍵を締め忘れたもんならさっきみたいにインターホンも鳴らさず不法侵入だ。普通は鳴らすやろと何度も注意してるのにコイツは全く直すつもりはないらしい。


朱『さや姉がこんな荒れるなんて珍しいやん。何があったん?』


 「、、、、、フラれた…」


今から数時間前、1年付き合った彼氏にフラれた。

 

あたしの恋愛遍歴はあまりいい思い出がない。

中学まで勉強と部活に明け暮れていたあたしは高校2年の頃、初めて彼氏が出来た。初めての交際という事もありドキドキして甘酸っぱくてまさに青春って感じで楽しかったけど、不器用な恋だったと思う。同じクラスの彼が自分以外の女子と話してるだけで嫉妬して泣いたり怒ったり…感情のコントロールができなくて。決して相手を束縛したり苦しめたりするつもりはなかったのに結果的に彼を困らせる事が増えていった。そして…


 " 重いからもう無理…別れよ "


そう言って、彼はあたしの前から居なくなった。よりによって付き合って1年記念の当日に。何も、そんな日に振らなくたっていいのに。
あたしって重かったんだ…言われるまで気づけなかった。

それからというもの、その言葉がトラウマとなり、とにかく重たい女にならないよう心掛けるようになった。
大学生になると出会いも増え、次の彼氏はすぐ出来た。今度こそは相手の自由を尊重してあげなきゃ。デートをドタキャンされても、友達を優先されても、飲み会と嘘つかれて合コンに行かれても、女の子と二人で出掛けられても、、全て笑って許した。自分の感情を押し付けるような重い女になっちゃダメだと思ったから。でも、


 " もういいよ…お前、俺の事好きじゃないだろ…"


どんな行動を取っても怒らないあたしは彼の目にはとても淡白に見えたらしい。ちゃんと好きだったんだけどな…

束縛してもダメ、自由にしてもダメなら、もうどうしたらいいのかわからなかった。丁度いい加減など分からない…その後も何人か付き合ってみたけどやっぱりダメだった。色々考えたけど、きっとあたしは恋愛不適合者なのだろうという結論に至り、それからしばらく彼氏は作らなかった。
大学を卒業した後、第一志望だった広告代理店に就職。想像以上に大変な世界だったけど、とてもやり甲斐もあるし、愚痴を言い合える同僚や可愛がってくれる上司のおかげもあり毎日充実した生活を送っていた。
そんな生活3年目のある日、ひとりの男性との出会いがあった。笑顔がとても爽やかで、背が高くてスラッとしてるけど服を着てても分かるガッシリとした体格。学生時代野球をしてたらしく、大の野球好きのあたしはすぐ意気投合し、連絡先を交換した。こんなときめき久しぶりだった。恋愛に向いてないとわかってるのに、、凝りもせずにまたあたしは恋に落ちてしまった。

今まで同い年の人としか付き合った事がなくて、10も年上の彼との交際はとても新鮮だった。今まで付き合ってきた人達には感じなかった大人の余裕にどんどん惹かれ、夢中になった。連絡もマメにくれたし、愛の言葉もいつも伝えてくれた。そんな日々が凄く凄く幸せで、彼となら永遠に一緒にいたいと思えた。


それなのに、、


そんな幸せ絶頂だったあたしを彼は、地獄へと突き落とす様なとても残酷な言葉を発した。


 " 実は俺、、結婚してるんだよね…"


付き合い初めて半年経った頃だった。突然の告白に頭がついて行けなくて何も言い返せなかった。じゃあこれは不倫って事?まさか自分が不倫なんて、、そんなの一生縁のない話だと思ってたのに、、


 " でも俺は妻より彩の方が好きだし、愛してるんだ!今すぐには無理だけど、離婚して彩と結婚したいと本気で思ってる。だから…もう少しだけこのままの関係でいてほしい "


もし自分の親友が同じ状況だとしたら、あたしはこう言うだろう。
そんな男やめておけ、と。

どうして会えるのはいつも平日の夜だけなんだろう。
どうしていつも泊まってくれないのだろう。
どうして土日は電話もLINEも繋がらないのだろう。

どうして、、どうして、、

今まで飲み込んで来た沢山の疑問がやっと解けた気がした。


本当にズルい人だと思った。今頃そんな告白されてあたしはどうしたらいい?もっと早く言ってくれてたら、、こんな選択しなかったのに。

手遅れだった。人として絶対やってはいけない事だと知ってたのに、、


 「分かった…」


彼の願いに従い、この関係を続けてしまった。もう後戻りなどできなかった。あたしは彼を愛してしまってたから。



その彼から今日、あたしは振られてしまった。色々な理由を並べられたけど、結局は奥さんの方が大事という事なのだろう。

先に告白してきたのはそっちだったし、好きだ、ずっと一緒にいよう、愛してるって言ってくれたのに、、
捨てられる時はほんと一瞬だ。



朱『こんなにメイクボロボロなるまで泣いて…だから不倫はやめときって言うたやろ?』


 「、、」


朱里にだけ不倫してる事を伝えていた。伝えたと言うよりもバレてしまったのだけど…
当然反対もされたし軽蔑してると言われた。でも、それだけで友情は壊れへんよと言って前と変わらず仲良くし続けてくれていた。


朱『美人で頭も良くて性格も良くて仕事もあんなに出来るのに、、男運だけはほんまないよなぁー』


ローテーブルにうな垂れているあたしの顔をメイク落としシートでゴシゴシ拭きながら朱里は言った。
男運が悪いのか、それともあたし自身の問題なのかわからないけど…

やっぱりあたしは、、恋愛不適合者なんだと思う。
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