* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 3
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11月18日



朱『何で彩ちゃんはそんな事知りたいのかなぁ〜?(ニヤニヤ)』


 「っ、別に、、ちょっとした好奇心というか…」


昼休みにオフィスの近くに来ていたキッチンカーでランチを買って、外に設置されてるベンチに座りながら日向ぼっこ。今日は陽射しが暖かくて気持ちいい。

昼食も食べ終わり、朱里が最近ハマってるというオススメのコスメの話を一通り聞いた後、あたしは勇気を振り絞ってある質問をした。簡単に聞けるようで聞けない質問を。その質問を受けた途端、ニヤニヤしながら楽しそうにし出したこのやたら女子力が高い女。


朱『あたしと夢莉がどんな関係だったかなんてどうして今更??はっ、何なに?!とうとう心境の変化が?!!』


 「うっざ…」


完全に揶揄ってやろうという魂胆丸見えな表情をされて、やっぱり聞くんじゃなかったかもと後悔した。でもまぁ、今更と言われても仕方ないとも思う。あたしだってそう思ってるのだから。2日前の出来事がきっかけで、頭の中に一度浮上したこの疑問は消える事なく自分の中で渦巻いていた。朱里と夢莉は昔どんな関係で、どのようにして同居生活が終わってしまったのか。









リンリン…リンリン…
 

夜の児童公園には元気よく遊び回る子供などいる訳もなくとても静かだ。

遊具の無い場所に腰をおろしているふたりの手にはもう火球が落ちてしまった線香花火が握られたまま。
お互い何も話さないでいるからどこかから聞こえる秋虫の鳴き声がやけに耳に響いていた。そして、自分の胸の鼓動も。


 「、、、」


青天の霹靂、のような突然のキスと告白に頭がついて行けず何も言葉を発せなくなった。そんな様子を見て君はどう思っただろう。


 
大島会からの帰り道、夢莉の隠れ家だという公園で線香花火をする事に。1束に7本の線香花火があって、最後の1本になった時、あたし達はどちらが長く火球を落とさずにいられるかという勝負をする事にした。負けた人は勝った人の言う事を1つ聞くという、ありきたりな勝負を賭けて。

6つも年下の相手だという事も忘れ、大人気もなく勝つ気満々でいたあたしは勝ったら何をして貰おうかという考えで頭が一杯だった。今はそんな自分の暢気さと鈍感さに呆れている。


夢莉は一体いつからあたしの事を…



 「、、ごめん…なさい…」



これが、あたしの答えだった。


その言葉を口にした時、合わさっていた視線は静かに外され、君は深く俯いてしまった。


 『、、そっか…』


そして、悲しさを誤魔化すかのように笑ってた。でも全く誤魔化せてなくて。そんな姿に焦ったあたしはすぐに言い訳を探した。傷つけてしまったと感じたから…


 「っ、でも全然困るとかじゃないねん!夢莉の事はもちろん好きやで?めっちゃ優しいし、料理もマッサージだって上手いし!…って、そうじゃなくて、、」


 『、、、』


何言ってんだあたしは、、これじゃあ言い訳にさえなってない…もっと言う事があるはずなのに、、この気まずすぎる空気にまた言葉が出なくなった時、俯いていた顔をあげた君と目が合った。


 『、、フフッ…そんな頑張って励まそうとしないでよw 大丈夫だよ。なんとなくわかってたから』


 「夢莉、、」


 『彩さんが私の事、そういう目で見てない事くらいわかってた。だから伝えたんだよ。少しでも意識して貰えるように』


 「、、、」


そういえばこんなような場面があった気がする。漫画の中での話だけど。

女性が女性を好きになるというのはそういう事なのだ。男だったら言わなくてもいい事が、同性だと言わなければ伝わらない。恋愛対象として見られない。

自分とは異次元だと思ってた漫画のような出来事が今現在リアルの世界で起こってる。夢莉はあたしの事を真剣に想ってくれていた。

何も考えず、その想いに応えられたらこんな顔をさせなくて済んだのに。
でもあたしには無理だった。夢莉がどうこうという問題ではない。昔に比べたら多少は寛容になったのかもしれないけど、まだまだ受け入れられていない同性同士の恋愛。その当事者になった時、周りからどういう目で見られ、どう思われるのか。その不安を越えられないのならあたしは夢莉の気持ちを受け入れてはいけないと思った。皮肉にも同時に、今まで考えないようにしてた自分の想いに気づいてしまったけど…


 
 「、、出て行かんよな?」


 『え?』


 「家から出て行くとか言わんよな?」


 『彩さん…、、フフッ…何でそうなるの?言わないよ』


そう言って夢莉は優しく微笑んだ。

君からしたらあたしのこの発言はどれだけ無神経に聞こえただろう。残酷だって思われたかな…でも、止められなかった。この出来事が原因で夢莉との生活が終わるなんて絶対嫌だったから。



 『よし、花火も終わったし…そろそろ帰ろっか』


 「、、うん」


こうしてあたし達は家へと帰った。

もしかしたら気まずくなるんじゃないかと不安だったけど、家に帰ってからの夢莉はいつもと何ら変わりなくて。その様子に凄く救われた。



 『電気消すね』


 「うん」


電気を消すのはいつも夢莉の役目だ。そしてあたしは、部屋の電気を消してくれた君が隣りに潜り込みやすいようにベッドの端へと体を動かす。


 『おやすみ』


 「、、」


いつからか、夢莉はあたしに背を向けて眠るようになった。そしてあたしはその華奢な背中をいつも抱きしめて眠る。でも今夜はどうしようか、、夢莉の気持ちを断ってしまったのに、いつもの事とはいえあまりにも無神経で、君を余計傷つけてしまうだろうか…












朱『別に喧嘩した訳でも、あたしが追い出した訳でもない。夢莉が住む家をモデル事務所が用意してくれてん。だから出て行ったってだけ。』


 「え、、でも、じゃあ何で?」


だって夢莉は住む家がないって、、


朱『まぁ、ちょっと事情があってな、、』


 「、、事情って何なん?」


朱『、、まぁ、色々あんねん。色々…』


普段の朱里は少し言い方悪いけどおしゃべりだ。そんな彼女が口籠るような何かが、夢莉にはあるんだ…


朱『あの子、けっこう闇深いなぁって感じるとこあらへん?』


 「闇?、、そうやな…」


人は誰だって悩みがあって、誰にも相談できないような闇を抱えている。でもその内容や重さは人それぞれで、その痛みの感じ方、そして逃がし方も様々だ。


 「最近はだいぶ落ち着いたけどな…」


あたしが異変に気づいたのは春先だった。







 「あれ、その手どないしたん?赤くなってんで?」


 『あ、これ…ぶつけただけです』


 「そっか」


初めはそこまで気にしてなかった。この時も深く考えず夢莉の言葉を鵜呑みにしたくらいだ。でも春が終わり、夏になっても拳にできた傷は治る事はなくて。気づかないフリなんか出来なかった。





 「あれ、、おらん…」


夜、何かの物音に目が覚めたあたしは、いつも隣りにあるはずの温もりがない事に気付いた。




ドンッ!…ドンッ!…ドンッ!…


 「夢莉?、、っ、何してんねん!」


 『っ、彩さん、、』


彼女の元へ駆け寄ったあたしはその振り上げられた右手を掴んだ。


 「真っ赤になってるやん!どうしてこんな事、、」


物音がするリビングに行ってみると、真っ暗な部屋の片隅に座る彼女を月明かりだけが照らしていて、何の感情もないような表情をして、何度も何度も自身の太腿へ拳を振り上げては叩き付けていた。


 『、、っ、』


 「何があったか知らんけど、、どんな事があっても自分を傷付ける事だけはしたらあかん。、、例え誰かが許したとしても、あたしは絶対許さへんで」


今思うと、もう少し優しい言葉を掛けてあげられたらよかったと反省してる。あの時はあまりに驚きすぎてつい口調が強くなってしまったから。

その日からだった。あたしが夢莉を抱きしめながら眠るようになったのは。向けられた背中があまりにも寂しそうで、捕まえてないと消えてしまいそうだと不安になったから。






 「何か悩み抱えてるなら話してほしいんやけどな…少しでも力になれるかもしれないのに…」

彼女をそうさせる何かがある事は明らかだ。根底にある問題を解決しなければいけないけど、彼女はこの話題に触れたがらないから…無理に聞き出すような事はしたくない。


朱『フフッ』


 「?、、なんやねん突然」


朱『え?いや、何もない。、、まあまあ、そんな事よりそろそろオフィス戻らなヤバない?』


 「え、あっ、ほんまや。もうこんな時間か、、、でもさ、、まだ答えて貰ってない質問あるんやけど」


朱『え?何やった?』


 「だから!どういう関係かって…」


朱『何ww そんな知りたいん?』


 「質問したからには答えてほしいやんか…」


2日前、ふと思ったのだ。どのくらい同居生活を送ってたのかは聞いてないけど、夢莉と朱里には何か深い絆を感じていて。もしかしたら、、恋人関係だったのかもなんて考えてしまって…


朱『もぉ仕方ないなぁ〜、、じゃあ、耳貸して』


 「?、、うん…」


そう言って朱里はあたしの耳元に顔を近付けてきた。もし元カノだなんて言われたらどうしよう、、なぜか凄くヒヤヒヤしながら朱里からの言葉を待った。



朱『あたしと夢莉の関係は、、














 ひ、み、つ♡』


 「はぁ!!?」


朱『あははははっww そんなに知りたいんやったら直接夢莉に聞き!それじゃあお先!』


 「ちょっ!朱里待てって!それができんからお前に聞いてんねん!おいっ!」


普段は走るのめちゃ遅いクセにこういう時だけ俊足になるの何なん?!


 「チッ…なんやねんアイツ…」


結局朱里に散々比喩われただけで、あたしが知りたかった二人の関係は教えて貰えなかった。




次の日



大『山本ちゃ〜ん、カモーーン♡』


デスクワークをしていると、大島課長からお呼びが掛かった。


 「はい、何でしょうか?」


大『午後から渋谷方面行くよね?悪いけどついでに○△カンパニーにこの書類持って行って貰えないかな?』


 「っ、○△カンパニーですか…」


大『そんな嫌そうな顔しないでよ〜w 担当の小林君が体調不良で休んでて、あたしはこれから会議だし…今日渋谷方面行くの山本ちゃんだけだし、小林君の前は山本ちゃんが担当だったじゃない?だから丁度いいな〜って♪お願い♡』


 「、、、わかりました…」




○△カンパニーか、、

いくら仕事といえど、断りたかったな…でも仕方ない、、パパッと終わらせてさっさと帰ればいいんだ。あっちだってそうしたいはずだし…



 「いつもお世話になっております。N企画の山本と申します。田邊部長と1時のお約束で参りました。」


受付『お世話になっております。N企画の山本様ですね。今しばらくお待ち下さい。』


ここに来たのは約2年ぶり位だ。相変わらず綺麗で広々としたロビーで、自然と身の引き締まる思いになる。受付から少し離れた窓際にある白いソファーに腰を降ろし、色々な事を思いながらガラス越しに行き交う人々の波を眺めていると、懐かしい声が聞こえてきた。


田『お待たせしました。山本さん…』


 「いえ、、ご無沙汰しております、、田邊さん…」 


約2年前にあたしが担当していた○△カンパニー。そこの広報担当を当時からしていた田邊さんは、約1年前まであたしの彼氏だった。


田『、、元気にしてたかい?』


 「はい…なんとか…」


田『そっか…それなら良かった、、ここじゃ何だし、良かったら中に…』


 「いえ、本日は小林の代理でこの書類をお持ちしただけなので、、」


田『、、、』


持たされた書類を手渡して、早くここから立ち去りたかった。1年経った今でもまだ完全に心の傷が治った訳じゃない。未来を考えていたくらい真剣に好きだったからこそ余計に彼の顔を見るのがつらかった。


 「それじゃあ私はこれで失礼します…」


パシッ…


田『彩、ちょっと待って』


 「っ、、何ですか…困ります…」


田『俺、、妻とは別れたんだ…』


 「え、」


田『自分から振っておいて勝手だけど、、彩と別れてからずっと心に大きな穴が空いたままで…気づいたんだ。俺には彩しかいないって。だから妻とは先月離婚した。』


 「田邊さん、、」


田『携帯番号変えたんだね、、離婚が正式に成立してからすぐ彩に電話掛けたけど繋がらなくて…もう駄目かと思ったけど、今日またこうして会えた…運命だって感じてる。』


 「、、、」


田『彩、俺達もう一度やり直せないかな。もう二度と悲しませる様な事なんてしない、、絶対、幸せにするから』
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