* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 3
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 『はい、水。この薬飲んで。あとラムネも少しでいいから口に入れて。』


 「うっ、、ありがとう…」


結局、この酔っ払いを放っておけず、家まで来てしまった。ここに来るまでの間にあったコンビニで肝臓に良さそうな薬とラムネ菓子を調達した。酔っ払いをおぶったままのレジでの会計は店員にジロジロ見られてさすがに恥ずかしかった。


 「なんでラムネ?」


 『ブドウ糖が肝臓のエネルギー源だから。しっかり肝臓に働いて貰わないと二日酔いになっちゃうよ。』


 「そうなんや…詳しいんやね」


 『うん、、まぁ…』


好きで詳しくなった訳ではないけど… 


ソファーにちょこんと座り、大人しくラムネを食べているお姉さんの後ろにある棚がふと目に入った。そこには不自然に伏せられた写真立てがあって。

どうしてこんな勝手な事をしたのか自分でもわからないけど、、つい気になって、棚がある場所まで歩いて行き、写真立てに手を伸ばした。


 『・・・』


そこには幸せそうに微笑む、お姉さんと男性の姿が。、、彼氏かな?


 「勝手に見んといてよ…」


 『あっ、、ご、ごめんなさい…』


写真を見てしまったのがバレてとてつもなく気まずい空気が流れる。


 「、、、」


怒らせてしまっただろうか、、さっきまであんなにうるさかったお姉さんは一気に静かになった。



 『え、え、何で??ごめんなさい!そんなに嫌でした?』


 「、、っ、」


焦った私はお姉さんが座るソファーまで駆け付けた。だって、お姉さんが突然泣き出したから…





 『そんな事があったんですか…』


 「酷い話やろ?」


 『そうですね…』


簡単に要約すると、彼氏だと思ってた人には奥さんが居た。つまり、不倫だった。そして、つい最近その彼から別れを告げられたと…


 『でも、よかったじゃないですか。不倫するような男と一緒に居ても幸せになんかなられへんと思うし。別れられてよかったですよ』


 「、、それはそうなんやけど…立ち直れなくて…本気で好きやったから、、」


 『、、』


泣き腫らした瞳は、また涙を溜め始め、今にも溢れ落ちてしまいそうで。


 『泣かないで…大丈夫。』


 「、、っ、」


零れる前に、そっと親指で瞼を撫でた。


 『きっと、良い事あります』


全てが自分の思い通りに進む人なんてほとんどいないだろう。でも、彼女のように誰かに騙され、涙を流す人がいる事がなんだかやるせなくて。どうしてこうも上手く行かないのだろう。皆が皆、善人で、涙を流す人などいない幸せな世界だったらいいのに。


 「忘れさせてほしい…」


 『え、』


 「お願い…忘れさせて…」











 「、、っ、んあっ、」


なんとなく頭がフラフラするのはきっと、
あなたとのキスが原因だろう。

初めは求められたからそれに応えただけだったのに、気づいた時にはこっちが溺れていた。何度も果ててぐったりしてるあなたに、もっともっとと求めていたのは私の方だった。

完全に魅了されてた。こんなにも色気のある躰に、そして、涙を流し妖艶に啼く、あなたに。




 『痛っ、、何してるの?』


 「キスマつけてる。」


チュー…チュー…


もう限界と言われたから、ティッシュで指を拭いた後、彼女の隣りに寝転んだ。すると、後ろ向いてと言われて、訳がわからなかったけど言われるがまま後ろを向くと、


 「綺麗な背中…」


そう言って、唇を何度も寄せられた。
一体、いくつ付けるつもりなんだろう…チクッとする痛みが走る度に胸がゾクゾクと高鳴って、、私、変なのかな…

こんな気持ちは初めてで戸惑ってしまう。なぜか嬉しかったから。まるであなたのものだという印を、刻まれてるようで。






チュンチュン…チュンチュン…



 『っ、、』


ふと目が覚めると、


 「お、はよう…」


 『あ、、おはよう…ございます…』


頬を薄っすら赤く染めたお姉さんがすぐ近くにいた。しかも多分、お互い裸だ。

そっか、、昨晩、私達は…


 『、、二日酔い、大丈夫ですか?』


 「へ?二日酔い?、、あたし昨日お酒飲んでた?」


あんなにベロンベロンになるまで飲んでたからか、彼女は全く覚えてない様子だった。二日酔いにはなってないようだから安心したけど、嫌な予感がした。そしてその予感は、残念ながら的中してしまう。



 「あの…さ、、あたし達ってもしかして昨晩、、その…」


 『…もしかして覚えてへんの?』


 「、、ごめん…なさい…」


 『そうなんだ…』


やっぱり、、あんなに酔ってたら仕方ないのかもしれないけど…

こういう時、無かった事にするのが正解なのかな…もしかしたらお姉さんもそれを望んでるのかもしれない。


でも、、


 『ヤったよ。お姉さん、凄く綺麗だった』


無かった事になんかしたくなかった。
失恋で心に傷を負い、忘れたいと言ったあなたと自分を重ねたのかもしれないけど…きっともうこの時には好きになってたのかもしれない。名前も知らない、美しいあなたを。







あの日から沢山の月日が流れたけど、あれから体の関係は一切持っていない。てっきりどっちもイケるタイプなのかと思ったけど、一緒に暮らしていく中で感じたのは、彼女はノンケだという事。じゃあなぜあの日、女である私を求めて来たのかと不思議に思ったけど。

彩さんは私の気持ちなど全く気づいていない。彼女からしたら多分私なんて妹とか弟とか、下手したらペット感覚なんだと思う。



 『電気消すね』


 「うん」



今日は色々な事があった1日だった。

彩さんが連れて行ってくれたBBQ、凄く楽しかったな。秋色に色付いた山の木々がとても綺麗で、あまりの絶景に夢中で写真を撮りまくった。そして、美味しそうにお肉や野菜などをモグモグ食べる彩さんがとても可愛かったから、それもこっそり隠し撮りしたのは内緒の話だ…

そこで目の当たりにしたのは、彩さんはやっぱり目を引くほどの美人で、そしてやっぱりモテるという事。

サンマを焼いている時、ある男性社員の会話がたまたま聞こえてしまったのだ。彩さんがひとりになったタイミングで告白しようと思ってるという内容の話が。そんな会話を聞いてしまっては当然ライバル心が芽生える訳で。告白なんて断固阻止だ。それからは彩さんがひとりにならないよう密かに見張っていた。でも、私のファンだという女の子から突然話し掛けられて、次に彩さんが座ってた場所を見た時にはもう姿が無くなっていた。しかもあの男性社員の姿も見当たらないし…これはヤバいと思い、慌てて吉子さんにどこに行ったかを聞き出し、そこからは無我夢中で走った。トイレまでの道のりで何人かに話し掛けられた気がしたけどそんなのどうでもよくて無視して走り続けると、なぜか少ししかめっ面をした彩さんを見つけた。よかった、、多分間に合ったんだよね、、


 『ハァハァハァ…よかったぁぁ…間に合った…』


 「どうしたん?なんかあった?」


 『ハァハァ…どうしたもこうしたもないよ…』


 「?」


 『どっか行くなら声掛けてくれたらよかったのに…ひとりじゃ危ないやろ?』


 「子供じゃあるまいしw トイレぐらいひとりで行けるわ!何歳やと思ってんねん」


彩さんは子供扱いするなと笑ったけど、私は至って真剣に思ってるのだ。あなたは少し鈍感だから。色んな人から向けられている視線に気付いてない。


 『そういう問題やなくて、、』


 「じゃあ、どういう問題?」


 『、、彩さんは色々わかってないんだよ…自覚ないっつーか…』


 「?」


 『だから、、』


告白するつもりなんかじゃなかったけど、気付いたらこんな流れになってた。これは、、このタイミングで伝えるべきなのかな…でも、全然心の準備も出来てないし、言いたい気持ちはもちろんあるけど突然好きなんて言ったらどう思うだろう…困らせてしまうかな…




 『、、心配なだけ!だから今日はひとり行動禁止!』


パシッ


 「うえっ?!」


咄嗟に取った小さな手。初めて手を繋いだというのに、結局、勇気を出せずに告白できなかったヘタレすぎる自分が情けなくて、、
胸がモヤモヤしていた。





パシャ…パシャ…パシャ…


大『ゆーりちゃん。』


 『はい…』


大『あたしさぁー、実は超能力者なんだよね。』


 『、、、え?』


二人乗りカヤックに乗っていると、突然そんな事を言われて、当然私の頭の上には?マークが浮かんでいた。何言ってるんだろう?冗談?でもそんな事言ってるトーンではないし…ちょっと変わってる人だとは感じてたけど、実はガチモンのヤバい人?


大『誰も信じてくれないの。ゆーりちゃんは信じてくれる?』


 『えーっと、、、、はい。信じます…』


大『絶対信じてないでしょ!!!』


 『うわっ!!危ない!!ちょっ、ちょっと!!何なんですか?!!』


面倒になって適当に答えたのがカンに障ったのか、怒った大島さんは体を思い切り揺らしてきて危うくカヤックが転覆するところだった。この人、本気でヤバい…無事陸地に辿り着けるのか急に心配になってきたし、、誰か助けて!!なんて思ったけど、


大『あはっごめんごめんw ちょっとした冗談だよw 』


冗談って…勘弁してよ…

でもこのあと大島さんは、思いもよらない事を口にした。


大『山本ちゃんはね、モテるよ〜。男からも女からもね。でも、本人にあまりその自覚がないから危険なんだよ。わかってると思うけど、鈍感なんだよねあの子。』


 『、、』


大『だから、そんな鈍感ちゃんにでもわかるようにちゃんと態度と言葉で気持ちは伝えなきゃね。』


え、、どうして、、そんな事?


大『よし!あともう少しでゴールだよ!行くぞー!』


 『っ、は、はい!』


今日会ったばかりなのにどうして、、大島さんはまるで私の気持ち知ってるかのようで。

この人、、

本当に超能力者なのかもしれない…







この言葉に、背中を押して貰った。
結果は残念ながらダメだったけど。
でも、いいんだ。今までよりほんの少しでも私の事を彩さんが意識してくれるようになったら。


 『おやすみ』


いつからだったかな。私が彩さんに背を向けて眠るようになったのは。

きっと、、あの日からだ。

月明かりだけが照らされた部屋で、いつもの衝動が私を狂わせた。やるせない気持ちが一気に押し寄せてきて、その度に自分を傷つける事で解消していた。あの日もそうだった。彩さんには気付かれたくなくていつも誤魔化してきたけど、とうとう見つかってしまった。


 「何があったか知らんけど、、どんな事があっても自分を傷付ける事だけはしたらあかん。、、例え誰かが許したとしても、あたしは絶対許さへんで」


少し怒ってるようにそう言われて、寝室に連れ戻された。ベッドに入ってからはお互い無言で、酷く居心地の悪さを感じた。

こんな感情と衝動はきっと誰にも理解されないだろう。でもそんなの当然だ。自分でもどうしてこんな事してしまうのかわからないから。

何となく後ろめたく感じて彩さんに背を向けた。あんなところを見られて、きっと嫌われた。そう思ったから。


でも、


 『っ、、』


彩さんは抱きしめてくれた。後ろから優しく包み込むように。背中に感じる体温があまりに温かくて、胸が震えて…泣きそうだった。





それからだ。私は彩さんから抱きしめて貰いたくて背を向け眠るようになった。こんな回りくどい意図を感じ取ってくれてるのかそうでないのかはわからないけど、あの日から彩さんは私を抱きしめ眠るようになって、それが私達の日常になった。




 『おやすみ』


でも今夜は、いつもとは違う理由であなたに背を向けていた。気恥ずかしさとか気まずさとか色々…生まれて初めてした告白は想像以上に甘酸っぱかったけど、こんな感情を教えてくれたのがあなたで良かったと思えた。


 「、、、おやすみ」


 『っ、、』


きっとあなたも気まずいはずなのに。

それでもこうして変わらず私を抱きしめてくれたから。




私の想いはあなたに届いていない。届く日が来るのかも正直わからない…その現実が物凄く残酷でつらいけど、この温もりが今私を包んでるのも確かに現実で、、それが只々嬉しかった。泣きたくなるくらい。

いつかこんな生活にも終わりが来る、そう考えたら悲しくなった。終わりなどない世界があったらいいのに…でも、そんな事考えてもきり無いからやめた。今はただ、この温もりに身を委ねよう。

私の元から離れないで下さい。

そう願いながら、この小さな手に

自分の手を重ねた。







この日から3日経った日の事だった。


 『おかえりなさい!』


 「、、ただいま…」


 『今日はいつもより遅かったね。残業だった?』


 「ううん…取引先の人とご飯食べてたから遅くなった。」


 『そっか…』


残念だな…今日は彩さんが好きなものを作ったから喜んでくれるかなって楽しみにしてたのに、、でも仕方ないよね。そういう付き合いもきっと仕事の一環なんだ。


 「お風呂入ってくる。」


 『う、うん…いってらっしゃい…』


なんだろう…いつもと何か違う違和感を感じる。気のせいかな、、なんて思ったけど、やっぱり気のせいじゃなかった。




 『電気消すね』


 「うん…」


電気を消してからベッドに入ると、いつも彩さんは私が入りやすいよう場所を空けてくれる。そんな気遣いがいつも嬉しかった。

そして今夜も私は彩さんに背を向けようとした。


でも、


 「おやすみ」


 『っ、、』


いつもなら私が先に言うのに。
いつもなら私があなたに背を向けて、その背中をあなたが包んでくれるのに。

私の目の前にはあなたの背中があった。抱きしめたら折れてしまいそうな、とてもとても小さな背中が。

その背中を見て物凄く、嫌な予感がした。
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