* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 4
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 「え、、夢莉?」


 『っ…彩さん、、お帰り…』


 「ただいま…こんな所で何してるん?」


 『えーっと…ちょっと暇だったからさ、星でも見よっかなぁなんて…』


 「そう…なんや、、いつからここに?」


 『えっと、、今さっき来たとこだよ』


 「そうなんや…、、でもさ、こんな街灯が近いとこじゃ星なんか見える?」


 『あ、、うん…確かに…見えないよね…』



信じたくない現実に直面して、早くここから逃げ出したかったのに私の体は言う事を聞いてくれなかった。


いつかはこんな日が来てしまうかもしれないとは思ってた。それでもあまりにも急に現実を突き付けられたから頭がついて行けなかった。彩さんに彼氏ができた、そんな残酷な事実と動かなくなったこの足に絶望しながら植木の後ろに隠れたままうずくまる事しかできなくて。こんな間抜けな姿をいつの間にか車から降りて来ていた彩さんに見つかってしまうし…本当、最悪だ。咄嗟についた無理のある嘘のせいで当然、彩さんからは不思議そうな視線を浴びてる訳で、、この状況、気まず過ぎる…


ずっと立ち止まってた彩さんがやっと前を向き歩き出したのならそれは喜ばなきゃいけない事だけど、そのきっかけを作る役割りを本当は自分が果たしたかった。



 「、、とりあえず家帰ろ?」


 『、、』


 「夢莉?どうした?」


座ってる私の目線と自分の目線を合わせるようにあなたは顔を覗き込んできて、その瞬間ふわりと香水のいい香りがした。



 『、、』


そもそも、どうして彩さんは私をずっと家に置いてくれてるのだろう。

初めはきっと同情してくれただけだ。親もいなければ帰る家もない…なんとか家に置いて貰いたかった私は同情心を湧かせるような言い方をしたから。でも、そんな生活ももうすぐ1年になる。初めはお互い人見知りもあり気まずい空気が流れてたけど、同じ空間を共有し接していく内に、少しずつあなたの色々な面を知った。何でも自分でやれそうなのに実は末っ子気質で甘えん坊で我が儘で…そんな姿が意外だったけど、気を許してくれてるんだと嬉しく感じたし、年下相手にたまに本気で怒ってくるところも可愛いな、なんて思ったり。

この1年は私からしたら幸せな日々だったけど、彩さんからしたらどうだったのだろう。同情心から同居させただけだったのに好意まで持たれて、彩さんからしたらいい迷惑だよね…でも彩さんは優しいからきっと自分からは言い出せないのだろう…彼氏ができたなら尚更、あの家には自分の存在が邪魔だと感じた。


 『彩さん、、あのさ…』


 「ん?」


 『、、、』


しばしの沈黙が流れる。


次の言葉を言ってしまえばもう、彩さんとの生活が終わる。


でも、


自分の気持ちだけを優先させちゃいけない。


あなたには幸せになってほしいから。




 『私、、彩さんの家から…』



 
バンッ

タンタンタン…



 「…」


目の前のキョトンとした表情からすると多分、私の声はどこかから聞こえてきた車のドアを閉めるような音と階段を駆け上がってくる足音に掻き消されたのだろう。


そして程なくして彼女を呼ぶ男の声が聞こえた。



 「え、田邊さん?」


田『コレ、忘れ物。』


 「あっ眼鏡!ごめんなさい、置いたままにしてたんや…これ渡しにわざわざ戻って来てくれたん?」


田『あぁ、まだそんなに遠くまで行ってなかったし、眼鏡ないと困るんじゃないかと思って。物無くすクセは相変わらずだなw ところで、、この方は?』


 「あ、、この子が太田夢莉ちゃん」


田『あぁ!君が夢莉ちゃんか!一度会ってみたいと思ってたんだ』


 『えっ、』





ちょっと待って、、




この人、、





田『初めまして。田邊です』


 『…』


 「夢莉?…どうした?」



それはそうか…


この人からしたら初めましてなんだろうけど、私は違った。


知ってるんだ。


アンタは彩さんを騙し傷つけた、最低なクズ野郎だって事…


でもどうしてコイツが彩さんと一緒に?、、



田『えっと、、なんかいきなり出て来たから驚かせちゃったかな?ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけど…』


 「別に謝るような事してへんやん。 どしたん?ボーッとして。夢莉?」



今、目の前にあの伏せられたままの写真立てに映ってた二人の姿があって、その現状を把握するまでにそう時間は掛からなかった。


そういう事だったんだ…


本当なら殴ってやりたかった。コイツのせいで彩さんがどれだけ泣いてたかを知ってるから。それなのにできずにいるのは、思ってたよりも残酷な現実を目の当たりにしてるからだ。




田『彩がいつもお世話になってるみたいでありがとう。我が儘言って世話が焼ける時もあると思うけど、どうかこれからもよろしくね』


ポンポン










スタスタスタ…


 「ちょっと、夢莉?歩くペース速ない?」


 『、、』


とてつもなく無性にイライラしていた。全く理解できなくて。


自分を騙して付き合ってたような男なのにどうして?…あんなに泣いてたのに、、アイツの事を忘れられてない事くらいわかってたけど、まさかよりを戻してたとは思いもしなかった。また自分が泣く羽目になるってわかんないのかな、、


そして、まるで彩さんは自分のものだと示すような雰囲気を醸し出されて悔しかった。頭を撫でられた時には本気で殺意が湧いたほどだ。




ガチャ


 「ただいま…」


 『、、』


 「夢莉?、、なんで無言なん?」


 『あのさ、』


 「、、何?」


 『あの人とより戻したん?』


 「え?」


 『さっきの、田邊って人と…』


 「、、そっか…知ってるんやったな、あたしと田邊さんの事…でもな、より戻したとかそんなんちゃうねん。たまたま仕事で一緒になっただけで…家の方向が同じやったから送って貰っただけやし」



よりは戻してない…


たまたま仕事で一緒になった…


そのままあなたの言葉を信じたい、


信じたいよ…でもさ、、


じゃあ車の中で何してた?


この時の私は、


あなたを信じられなかった。

 
 






 「、、なんか怒ってるん?」


お風呂を済ませ、寝室へ足早に向かった。その後ろを彩さんがついてきてる事に気づいてたけど、早く寝てしまいたくてベッドに潜り込んだ。でも彩さんはなかなかこっちに来なくて…


 『、、何もないよ…』


 「、、」


 
ピッ…


少しすると部屋の電気が消されて彩さんがベッドの中に入って来た。



 『、、』



 「、、」



シーンと静まり返る室内。


いつもは見えない壁が目の前に見える事とかいつもと違う位置に寝てる事に違和感を感じるけど、そんなのどうでもよかった。


早く眠りたい。


眠ってしまえばきっと多少は収まるはずだから…


いつまで経ってもイライラが収まらない事に自分自身で焦りを感じてた。このまま起きててもきっと良い事はない。そう思い、頑張って目を瞑ってたのに…




 「、、やっぱり怒ってるやん…」


 『、、何もないよ、、撮影でちょっと疲れてるだけで…」


 「絶対嘘や。」


 『嘘やないって…』


 「嘘や!!」



彩さんはいつもこうだ。


納得行かない事があると私の気持ちなんてお構い無しでこうしてガチ目で怒ってくる。



 『ハァ、、しつこいな…』


 「はっ?今しつこい言うたよな?」


 『言ってない。』


ガバッ


 「何なん?!さっきから!言いたい事あるなら言いや!」



でも、そんな姿もいつもなら子供っぽくて可愛いと感じた。

彩さんの怒りをこれ以上増長させないようにと宥める事だってできたのに…



ガバッ


 『だから怒ってへん言うてるやん!!』


 「っ、」



今の自分には無理だった。


お互い横になってた体を起こし、売り言葉に買い言葉でつい大声をあげてしまった。


私がこんな風に声を荒げるのが初めてだったからか、彩さんは酷く驚いてるようだった。


そんな顔させたかった訳じゃない。


だから嫌だったんだ…


感情をコントロール出来そうもなかったから早く寝てしまいたかったのに、、





 『なんでアイツなん?…』



止まれ、



 「アイツ?」


 『田邊って人の事だよ、、』



止まれ、、



 『だいたいアイツのどこがええの、、彩さんを騙して不倫するような最低なクズ男やん!!』


 「またその話?だからより戻してなんか、」


 『嘘つかんくてええから…』


 「嘘やないって!!なんで信じてくれへんの?!」


 『ほんまありえへん…また傷つきたいん?』



止まれっ!!



そう、



何度も言い聞かせたのに、、




 『彩さんがそんなバカだとは思わなかった』



止められなかった。






 「バカ?、、」


この時、完全に怒らせたってわかった。


制御できなかった。


あなたがまた傷つくんじゃないかって心配してたはずなのに…


傷つけたのは嫉妬に狂った、


かっこ悪い自分だった。




 「、、夢莉に何がわかるん…田邊さんの事何も知らんくせに勝手に決めつけんで!!」
 


 『アイツの味方なんやね、、より戻したんなら言ってくれればよかったのに、、最近態度おかしかったもんね、、私なんかどうせ邪魔なんやろ…』


 「なんでそうなるん?!だから違うってさっきから言うてるやん!!」


 『じゃあ何で!!?』


ドンッ!


 「っ!!、、」


 『何でさっきキスしてたん?!!』


気づいたら私はあなたを押し倒していた。


明らかに困惑してる表情を浮かべてるのに


 「んっ!、、」


有無も言わせずキスをした。


 「んんーっ!!、、」


手足をバタつかせて抵抗するあなたを無理矢理組み敷き、何度も何度も角度を変えたり舌を入れたりしながらキスをした。

私の口の動きに合わせてくれる訳もなく、顔を左右に振って抵抗し続けるけどそんなのお構い無しに続けた。そして、自分の右手をあなたの服の中に入れた時、



ガリッ!


 『んっっ!!、、、痛ってぇ…』


突然、視界が歪むほどの痛みが走った。


一瞬、何が起こったのかわからなかったけど、どうやらあなたの口内を犯してた舌を思い切り噛まれたらしい。

あたしの下で顔を背けながら口を抑えてる様子を見ると、きっと自身の舌も噛んでしまったのだろう…どちらのものかわからない血の味がした。



 「ハァ…ハァ…何がしたいん、、」


 『、、』


 「夢莉が何考えてるか全くわからへん、、何か思ってる事あるならはっきり言いや!!言うてくれな分からんて!!」


目に涙を浮かべながらあなたは私を睨んだ。


確かにそうだ、、


ちゃんと言わなきゃいけないよね…



 『、、私って彩さんにとって何なんかな…』


 「、、」


 『彩さんは好きでもない人とキスしたり セックスしたりするん?』


あなたと初めて会ったあの日、出会ったのが私じゃなく他の誰かだったとしてもあなたは、その誰かにも同じように求めたのかな…


幸せになってほしいと思ってる。
でも、あなたが自分以外の誰かと幸せそうにしてる姿を間近で耐えられるほど、私は強くない。
















数日後


田『夢莉ちゃん?』


 『っ、、』


田『やっぱり夢莉ちゃんだ!覚えてるかな?田邊です。』


、、なんでコイツがここに?


今日は私と奈々さんが出演するウェブCMの撮影で都内の某スタジオに来ていたのだけど、どういう訳か、今一番会いたくない男が、目の前に立っていた。
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