* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 6
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あれから数日経った。



ピッ… カコンッ… トポトポトポッ…


 「ふぅーふぅーふぅー…(ゴクッ)熱っ!」


あぁもう、、これだから猫舌は嫌なんだ。

たった今、自販機で買った紙コップのコーヒーを飲んだら舌を少しヤケドした。猫舌は猫舌らしく冷ましてから飲みなさいと言われてるようで無性に腹が立ってくる。前々から思ってたけど、自販機のホットドリンクはどうしてこんなに熱々なんだろう。世の中にはあたし以外にも猫舌の人なんてゴロゴロ居るはずだし氷の有無やミルクと砂糖の量を決められるボタンがあるくらいなのだから" 低温 "という猫舌専用ボタンがあってもいいと思う。


今の時刻は午後21時で定時など等の昔に過ぎていた。まぁ、定時で帰れる事の方が元々少ないけど。まだ終わりそうもない仕事に向き合う事に疲れてオフィス内にある休憩スペースに座っていると、


大『あ、山本ちゃんじゃ〜ん♪お疲れ〜♪』

 「大島課長、お疲れ様です。」


暖かそうなコートにマフラーを巻いた大島課長が通り掛かった。


大『まだ帰んないの?』

 「はい。もう少しだけ」

大『ここのところ随分遅くまで残業してるみたいだけど、ちょっと頑張りすぎじゃない?顔色もあまり良くないみたいだけど大丈夫?』

 「全然何ともないですよ。来週期限の企画案をもう少し練りたくて。確認作業もしっかりやりたいですし…」

大『そっかー、、山本ちゃん、もしかして昨日のやつ気にしてたりする?』

 「昨日の、、まぁ…そうですね…」

大『やっぱり。でもさ、こんな事あたしが言っちゃいけない立場だけど、あんなの大したミスでもないしクライアントも全然怒ってなかったんだから大丈夫だって〜気にしない気にしない♪』


実は昨日、入社してから今まで一度もした事ないような初歩的なミスをしでかした。仕事に関しては抜かりなく完璧にこなすというのがあたしのポリシーだったし、その姿勢が周りからも評価されてると自負していたのに。まさか自分がこんなミスするなんて…正直ショックだった。


大『でも珍しいよね〜完璧主義者の山本ちゃんが。何とな〜く元気もないように見えるし。さてはプライベートでなんかあったな〜?』 

 「、、別に何も。」

大『えぇ〜本当かなぁ〜??もしかして恋煩いだったりして〜(ニヤニヤ)』

 「違います。」

大『真顔怖っ!!ちょっw ヤダな〜冗談だって〜w 冗談の通じないお堅い人間になっちゃダメよ〜ダメダメ!って古っwww』

 「、、、」

大『と、まぁ冗談はここまでにして…。まぁね、人間やってれば悩みの1つや2つくらいあるってもんよね…あたしでよければいつでも相談乗るから言ってよ。これでも色んな修羅場潜り抜けてきた人間だから♪』

 「…ありがとうございます」

大『(ニコッ)』


童顔な彼女の笑顔はいつもの可愛らしい雰囲気とは異なって、まるで全てお見通しだと言わんばかりで。あたしってわかり易すぎるのだろうか…いや、多分違う。大島課長はいつもふざけてばかりいるけど人の心の変化を見抜く天才だから。

あたしがこの仕事に向いてないんじゃないかと本気で悩んでた時もこうして声を掛けてくれた。この業界はお世辞でもホワイトとは言えない過酷な世界だから人の入れ替わりがとにかく激しい。その分給料は良いけど、それでも多分ほとんどの人が常に転職の2文字を頭の片隅に置いてると思う。仕事の横取りも『取られる方が悪い』と言うような連中がいる中で、『仲間内での潰し合いなんて全くの無意味。仕事の取り合いをするのでは無く分かち合えるような信頼関係を上司や仲間との間に築く事が大切』と教えてくれたのが大島課長だった。そんな考えの課長率いるうちの課は社員同士の仲も良好で平和だし、何より離職率が社内一低い事が全てを物語っていた。殺伐とした他の課と比べて営業成績も他に劣らないしむしろ上だ。そう考えると人間関係の構築って本当に大事で、そういう事をこうして体現させて教えてくれる大島課長は本当に尊敬できるし、あたしが目標とする人物像だ。


だけど、


大『ってヤバっ!もうこんな時間か!早く帰らなきゃにゃんにゃんが待ってるんだった!』

 「にゃんにゃん?、、大島課長って猫飼ってるんですか?」

大『そうなの〜超わがままで手の掛かる猫なんだけどね、めちゃくちゃ可愛いんだぁ♪この子のおかげで毎日頑張れるし、存在自体があたしの癒やしだし生き甲斐って言えるくらい愛おしいの♡今日はちょっと忙しいから今度写真見せてあげるね♡』

 「はい、楽しみにしてます。」

大『それじゃあたしはそろそろ帰るけど、山本ちゃんも程々にして帰らなきゃダメだよ?ねっ♪』


むにゅ


 「っっ、課長ーっ!!」

大『はあああ〜ん♡やっぱり山本ちゃんのおっぱいサイコー♪♪じゃあね〜♡ルンルン〜♪』


そう言って大島課長は颯爽とスキップしながらオフィスをあとにした。

やっぱり、、

セクハラ癖がある所だけが本当に本当に残念だ…





タッタッタッ…


 「ハァハァ…間に合ったぁ…」


残業を終えたあたしは、会社から駅まで全速力で走って最終電車になんとか乗り込んだ。まだ出発しない様子の電車に安心して誰もいない長椅子に座り、上がった息をゆっくり整えながら特に何をする訳でもなくただボーッとして時が過ぎるのを待った。


ペットかぁ…あたしも何度か飼いたいと思った事はあったけど、残業でよく帰りが遅くなる自分なんかがペットを飼ったところできっとその子に寂しい思いさせちゃうだろうから、、そう思い、何度も思い留まってきた。



 " 3番線、ドアが閉まります。ご注意下さい。"

プシューーー…


開閉ドアが閉まり、やっと動き出した電車。ゆっくりと動き出した車窓に映るのはいつもと何も変わらない景色。


ガタンガタンッ……ガタンガタンッ……


そんな景色の中、ふと君の姿が浮かんだ。

君はどうだったのかな…あたしが帰るまでの間、あの家にたったひとりで何を思い、過ごしてきたのだろう。


 " 利用してたって事。気づいてなかった?"


 " ちょっと優しくしただけでタダで1年間も家に同居させるなんてバカなんじゃないの?まぁ、私からしたら超都合良かったけどね "



 「、、」


きっと、寂しいなんて思わなかったよね。君からしたらあたしが居ようが居まいが関係なくて、住める場所さえあればそれで良かったんだから…






ピロピロピロ…


店員『いらっしゃいませー』


電車から降り、駅の改札口を抜けていつも通りの帰路を歩き、途中にある行きつけのコンビニに入った。店内を一周したあと夕食として炭水化物が少ない食べ物をカゴの中に入れてレジに向かった。


 「お願いします。」

店員『ありがとうございます!』 


ピッ…ピッ…


店『最近チョコミントの商品減りましたよね。去年まではあんなに沢山あったのに。』

 「え?」

店『あ、余計な事言ってすみません。お客様がよくチョコミントのお菓子とかアイスを買っていらしたのでてっきり探してたのかと思いまして、、』

 「あぁ…」

店『また新しい商品が出たら発注しときますね!(ニコッ)』

 「…ありがとうございます。」


特に考えずに店内を見て回ってたつもりだけど、無意識に探してたのかな…店員さんの笑顔を見たら、もう必要ないとは言えなかった。


店『ありがとうございましたー』






コツッ…コツッ…コツッ…


 「よいしょ…よいしょ…」


マンションに続く長い階段を上り、エントランスに入ってエレベーターに乗り込み12Fのボタンを押す。ドアが閉まってから程なくして体にふわっとした感覚がした。


ポーーン


12Fに到着したエレベーターから降りて、自宅まで伸びている内廊下を歩く。今夜も疲労感で体は激重だ。


ピンポーン


 「、、、あ…そっか…」


またやってしまった…そろそろ慣れなきゃ…


ゴソゴソ…


鞄の中に埋もれてる鍵を手探りで探して、鍵穴に鍵を挿して玄関のドアノブに手を掛けた。


ガチャ…バタンッ


 「ただいま。」









 「アハハハッww」


テレビのお笑い番組を見ながらかなり遅めの夕食を摂る。コンビニで買った野菜たっぷりなスープはとても優しい味がして、疲れた体の隅々まで沁み渡るけど、


 「っ、、美味しいけど痛い…」


中々治らない舌の傷口にも凄く滲みた。



そのあとお風呂で湯船には入らずシャワーを浴びて、簡単にスキンケアをして、歯を磨いて髪を乾かす。


ピッ…


ギシッ…モゾモゾ…


深夜1時。

寝室の電気を消してからベッドに入った。
 

 「ハァ…今日も1日疲れたなぁ…」


そう呟きながらゆっくりと目を閉じた。



これが、本来あたしが送ってきた日常。

何も思う事はない。元通りに戻った、

ただそれだけなんだから。



でも、







ピピピピッピピピピッ…バンッ



 「、、、もう朝か…」



君がこの家からいなくなってから


あまり、眠れなくなった。







次の日


朱『さや姉ーおはよー、、って、どうしたその顔!!ヤバいで?!』


午前8時。就業開始時間より1時間早い静かなオフィスのデスクに座りコーヒーを飲みながら資料に目を通していると、ギョッとしたような顔の朱里が目の前に立っていた。


 「そんなヤバい?」

朱『隈がヤバい!隈が!!』


なるほど、、通りですれ違う人達にジロジロ見られた訳か…3日間ろくに寝てないから仕方ないけど…


 「これでもコンシーラーで隠したつもりやねんけどな」

朱『全然隠せてへんって!メイクし直したるからあっち行こ!』


あたしの返答も聞かずに勝手に歩き出した朱里に手を引かれてトイレ内にあるパウダールームで酷い顔を直して貰った。


朱『よし!これでだいぶましにはなったかな!』

 「ホンマや〜ありがとう。さすが女子力おばけ。」

朱『それ褒められてんのか貶されてんのかわからんわw それにしても何でこんな隈できたん?ちゃんと寝れてる?』

 「、、一応いつも通りの時間にはベッドに入るんやけど何か寝付き悪くてさ…」

朱『そうなんや』


今日は来週のスケジュールがあまりに殺人的だから先に進められる行程を進めておこうと思い1時間早出していた。


 「朱里が早出とか珍しいやん。仕事立て込んでるん?」

朱『まぁな。』

 「あたしも。」

朱『でもそんな調子で大丈夫なん?あまり無理したら体壊すで?』

 「まぁ何とかなるやろ。」

朱『もぉ、ほんま自分の事は適当やなぁ。もっと体労らんと倒れても知らんで?』

 「まぁぼちぼちやるわ。メイクありがとな。」


呆れ顔の朱里を置いてパウダールームから出てオフィスに戻り仕事に取り掛かった。

寝不足なんてどうってことない。あの家に居ても色々考えてしまうから仕事をしてる方がずっと楽だった。

でも、そんなあたしの意思とは異なって体は少しずつ悲鳴を上げていた。




ピーンポーン


 「っ、、ん?、、」


ピーンポーン


 「、、インターホン鳴ってるな…」


ベッドから起き上がり真っ暗なリビングの電気をつけて時計を見た。


 「こんな時間に誰やろ…」


今日は寝不足からか仕事中にフラフラしてしまってその様子に気づいた大島課長から『今日は残業禁止!早く帰って休みなさい!』と言われ久しぶりに定時で上がった。こんな予定じゃなかったのに…フラフラする体を引きずりながら帰って、夕飯を食べる気力もなく、家に着くや否やベッドに直行していた。

そして今の時刻は午後20時で2時間ほど寝ていたらしいあたしは完全に寝ぼけ眼だ。こんな時間に誰が来たのだろう…朱里かな?

突然の訪問者に少し緊張しながらインターホンのモニターを覗くと、


 「はっ?、、なんで…」


そこに映っていたのは田邊さんだった。




ガチャ…


田『ごめんな、突然訪ねて…』

 「いえ…どうしたんですか?」

田『今日小林さんに用事があってN企画さんに寄らせて貰ったんだけど、彩が体調不良で帰ったって聞いて…体調はどう?大丈夫か?』


わざわざ心配して来てくれたんだ…


 「そんな大した事無いですよ。ただの寝不足です。」

田『そっか。それならよかった、、あのさ、良かったらコレ。』

 「、、?」


田邊さんが差し出したのは、白くて大きなビニール袋。


田『彩が好きそうなゼリーとか飲み物とか色々買って来たんだ。夢莉ちゃんの分もあるから二人で食べて。こんなの必要ないかもとも思ったんだけど、、良かったら受け取って。』


ビニール袋の中を覗くとそこにはあたしが好きな物ばかり入ってた。

なんだろう、、田邊さんがこういう人だとは知ってたけど、


 「、、ありがとう…」


今夜はやけにその優しさが身に沁みるようで…


田『体調悪いのに起こしてごめんな。それじゃあ俺はもう帰るから。今日はしっかり休まなきゃダメだぞ。』

 「うん…」

田『お大事に。』


ポンポン


そう優しく笑ってあたしの頭を撫でた田邊さんは玄関から出て行こうとした。その背中を見てあたしは、


 「田邊さんっ!」

田『っ、、どうした?』

 「あの、、、よかったらお茶でも…」

田『、、でも…』

 「少し寝たら体調だいぶ良くなったんです。せっかく来てくれたのにこのまま帰すのも申し訳ないし…」

田『、、じゃあ…お言葉に甘えて上がらせて貰おうかな…』

 「はい…」


咄嗟に彼を呼び止めていた。
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