* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 9
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タッタッタッ…


 「ハァ…ハァ…」


とりあえずここらにある店で夢莉が行きそうな所を探した。と言っても古着屋とかコンビニくらいしか思い当たらなくていくつか回ってみたけれど彼女の姿はなかった。

やっぱり仕事中なのかもしれない。夢莉のスケジュールを朱里に聞いとくべきだったかな…今からでも聞こうと思えば聞けるけど、ただでさえ今日は色々迷惑掛けてしまったしさすがに電話を掛けづらくて…


そうとなるとこれからどうしようか、、

あと夢莉が行きそうな場所は…


 「、、あっ、そういえば…」


朱里の家からあそこまでならそう遠くない。

夢莉が行きそうな場所はどこだろうと考えた時、浮かんだのはあの公園だった。"隠れ家"だと言っていた、あの公園。

思いついたのと同時に走り出したはいいけど、もしそこにも居なかったら…もう他に行きそうな場所がひとつも思い浮かばなくて、改めてあたしは夢莉の事を全然知らなかったと思い知らされた。

自分の気持ちを伝えられないままもう会えなくなったら、、そんな急激な不安感に襲われ、走りながらポケットにあったスマホを取り出し、押せずにいた通話ボタンを思い切って押した。


プルルルル…プルルルル…


 「駄目か…出えへん…」


自分でも引くぐらい何度も電話を掛けまくってるけど全く繋がらず、無機質な呼出音が虚しく鳴る中、公園に到着した。



 「ハァ…ハァ…しんど…」


外灯に照らされた静かな公園には自分の荒い呼吸だけが耳障りなほど響く。久しぶりにまあまあな距離を走ったからか口の中は鉄みたいな味がするし足元はかなりフラフラだ…

入口を通り園内を見渡すとブランコや砂場、ジャングルジムが見える。そして、この公園の一番奥にはピンク色のタコの形をした大きな滑り台があって。



 「…、、おった…」


黒地に黄色の刺繍が目立つブルゾンを身に纏った背中。

その人の手にはスマホが握られていて、その画面を見つめる困ったような横顔が照らし出されていた。

身動きひとつせず固まってしまってる原因はきっとあたしだ。あたしの着信が彼女をこうして困らせてるのだろう。


 「…何で出えへんのよ、、」


何度も何度も電話してるのにそうやって画面を眺めたままずっと無視してたん?一度くらい出てくれてもいいのに…困り果てたのかスマホをリュックに放り投げた夢莉を見て、



 「夢莉!!」


気づいたら叫んでた。


 「…何で電話出ぇへんの?!何でLINE無視するん?!何で、、何で帰って来おへんの?!」


やっと見つけたこの背中に、全感情をぶつけた。

電話に出るか、LINEに返信するか、どこに行くのかなんてそんなのは全て夢莉の自由だ。随分身勝手に彼女を責めてる事くらいわかってるけどもう止められなかった。優しくしたいのに怒りなのか悲しみなのか何なのかわからない感情に支配されて、いつしか涙まで出てきて…自分でもどうしたらいいかわからないほど頭の中はぐしゃぐしゃだった。


 「っ、」


そんな中、

柔らかな感触が自分の手の甲に静かに重ねられた。


冷たい手…

一体いつからここに居たのだろう…

元々低体温の君だけどこの寒さで冷えきってしまったのか、より冷たくなっているこの手はここまで走ってきてほんのり汗をかいてる自分には逆に心地よく感じる。

あたしの手より少し大きくて、優しく包み込まれるようなこの感覚。ずっと欲しかったんだ…そう気づいたら一気に気持ちが零れ落ちていった。


 「寂しかったんやから…」





寂しかった。


君が出て行ってからのあたしは何て事ない、いつもの日常に戻っただけだって自分に言い聞かせてたけど、、全然違った。

家に帰っても "おかえり" といつも出迎えてくれたあの笑顔はない。美味しくて温かな手料理はコンビニ食に変わり、凝り固まって重くなったままの体をシャワーだけで済ませ、髪も乾かさずに寝てしまうようになった。広く感じるベッドの中、目を瞑り時を待つけどいつまで経っても眠りにつく事ができなくて。でも、どうしてだろうなんて思わなかった。理由はわかりきってたから。君の背中に耳をつけると少し籠もって聞こえる柔らかな声と、トクトク刻まれる心音がまるで子守唄のようで自然と眠りにつく事ができてた。

今日あった出来事を聞いて貰うのが好きだった。 "おやすみ"を言った後でもまだ話し足りない日もあったりして、そんなあたしの話を面倒くさがらずに聞いてくれた。どんな話でもどんなえぐい愚痴でも穏やかに聞いてくれた君がいたから気持ちをリセットできたし次の日も頑張れてたんだ。

仕事でほとんど家にいないあたしが君と過ごせる時間なんて睡眠時間を除けばほんの2、3時間しかないけど、いつの間にか当たり前になってた君との時間があたしにとってどれだけ大切だったか気づいた。


ここにはもう、ひとりで居るはずなのにあらゆる瞬間に浮かんでくる君の姿。

止まってしまった時間。

動き出さなくなった日常。

それでもそんな自分を取り残すかのようにあたし以外の時間は進んでて、そんな現実について行けずに段々心も体もおかしくなっていった。

いつからだったのだろう…

あたしの日常は君が居ないと始まらないし、君が居ないと終わらなくなってた。





もう永遠に会えないんじゃないかと思うほど不安で堪らなかったけど…

よかった、、

夢莉は確かにここに居る…

それが凄く凄く嬉しくて、この温もりが愛しすぎて涙が止まらなかった。


 『、、』


そう安心したけど、夢莉はずっと黙ったままだ。

何か言って欲しい。

何を思い、何を考えてるのか全部、夢莉の全てを教えて欲しいよ…そう思ってしまうのはあたしの我が儘なのかもしれないけど…


回していた腕をゆっくり解かれ、こっちを向いた君はやっぱり困ったような顔をしていて。

歪んで見える視界が嫌になる。泣きたい訳じゃない。あたしは夢莉に言いたい事があるんだ。それなのにいつまで経っても涙は止まる事なくて。



 『、、ごめん…』


そんなあたしに君は言った。

ポツリと零れたようなその "ごめん" はどういう意味?

そんな疑問を持った矢先だった。


 「っ、、夢莉?」


 『、、』


ガバッ


 「ちょっ、、夢莉っ?!夢莉!!」


突然フラフラし始めて持たれ掛かるようにこちらに倒れ込んできた夢莉を急いで支えると、


 「大丈夫?!」

 『、、ごめん…ごめんね…』

 「何が?どうしたん?!」

 『、、ごめん…なさい…』


まるで何かにうなされる様に小さな声でずっと謝り続ける彼女に何度も声を掛けたけど返事は返って来ない。

そんな声も次第に聞こえなくなってきて、とうとう意識を失ったようだった。

あまりに唐突な出来事すぎてどうしていいのかわからず、とりあえず夢莉を抱き支えたままタコの滑り台に腰掛け急いでタクシーを呼んだ。

呼吸はちゃんとしてる…病院に連れて行くべきか、、真っ白になった頭では冷静に考える事ができず、まだ仕事中であろうあの子に助けを求めるように電話を掛けた。


朱『わかったからさや姉、とりあえず落ち着き?』

 「この状況で落ち着かれへんて!!どうしたらいい?!変な病気やったらどうしよう、、やっぱり病院連れて行った方が、」

朱『大丈夫やって。それ多分、寝てるだけやで?』

 「、、、はっ?」

朱『ww 今日は朝から初めてのCM撮影があったりお父さんと会ったりで相当気疲れしたと思うねん。極めつきにさや姉の顔まで見たもんだから一気に力抜けたんちゃう?w』

 「力抜けたって、、」


スー…スー…


朱里の言葉を受けて、右肩にある顔を覗き込むと確かにただ眠ってるだけのようにも見える。でも、寝不足だからって普通あんな倒れ方する?、、なんて思ったけど、今日自分も同じように会社で倒れた事を思い出して…


朱『さや姉の次はゆーりまで倒れるなんて二人して何してんねんw ほんま、あんたらって似た者同士やな』


 「、、」


朱『ゆーりもずっと寝られへんかったみたいやで。多分、さや姉と同じ理由で。』


あたしと…同じ理由…


朱『あ、電話してくれて丁度良かったわ!今日いつ帰れるかわからへんからゆーり連れて帰ってな!』
 

 「え、」







電話を切った後、タクシーが到着するまでの間あたしの腕の中にいる夢莉の様子を観察した。

止まらなかった涙はいつの間にか止まり、歪んで見えた視界も今はくっきりと見える。


さっきの電話で朱里があたしの家から会社に戻った後、すぐ夢莉に会いに行った事が自ずとバレてしまい、盛大に呆れられた。どんだけ惚れ込んでるんだと。


スー…スー…


 「…」


これからどうしようか…ここからならどう考えても朱里の家の方が近いけど…

色々考えた結果、自分の家に向かう事にした。





ガチャ…バタンッ


 「よいしょっ、よいしょっ、、あとちょっとや…」


タクシーを降りた後、夢莉を引きずるようにおぶったまま何とか無事自宅に到着した。ここまで運べて本当に良かった、、あの階段上ってる時は正直もうムリだと思ったから…



ドンッ


 「やっっと着いたぁぁぁー」


残りの力なんてほぼ無くて、おぶってた夢莉をベッドに寝かせる為自分も一緒になだれ込むようにして倒れ込んだ。少し乱暴すぎたかもしれないと気になり後ろに向き返ると、



 『っ、、んぅ…、、スー…スー…』


 「こんなんされても起きひんて…どんだけ寝不足やったん…」


まぁ、人の事言えないけど…なんて思いながら冷えた体に毛布と掛布団を掛ける。君は仰向きで寝てるからどうしても横向きにならざるを得なくて。


このベッド、

やっぱり二人で寝るには狭いな…

でも、この狭さが丁度いい。


スー…スー…


 「…」











改めて見る綺麗な横顔に見惚れていたら、ほんの添い寝のつもりがいつの間にかあたしまで深い眠りについていたらしい。

冬の朝は寒くて布団から出たくないのはいつもの事だけど。

目が覚めた時、一番初めに映った愛しい人の寝顔と温もりが仕事に行きたくないと思わせる。

でもどう考えても休む訳にはいかず、そんな現実に歯向かう事ができない社畜に成り果てた自分は何てつまらない人間なのだろうと落胆する。

起こしてしまおうか…なんて考えも過ぎったけどこんな赤子のような寝顔を見たらできる訳もなく…後ろ髪引かれながら重い腰を上げシャワーを浴びに浴室へ向かった。



 「、、よし。」


いつものモーニングルーティーンに加えて自分の不安の種を解消するべく対処を施し、家を出た。


今日は絶対、定時で帰ろう。


それで…


 「行ってきます」
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