* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 7
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 「夢莉!!」


 『っ、、彩さん…』



どうして、、あなたがここに? 





あぁ…


今日はなんて日なんだろう…


私、、もうすぐ死ぬんかな?










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11月27日 午前2時



朱『どうした?!こんな時間に!』

 『ごめんね吉子さん、、突然来ちゃって迷惑だったよね…』

朱『何言うてんるん、迷惑な訳ないやんか!さ、そんなとこおらんでとりあえず中入り?』

 『ありがとう…お邪魔します…』







彩さんのマンションから飛び出したまではよかったけど、当然行く宛がある訳もなかった。


そんな私はある場所を目的地としてひとりで歩いていた。事務所の人からは絶対禁止と言われてたけど誰にも言わなければバレやしないから。







ガラガラガラ…


深夜だからか人の気配は全くない。
住宅街の中にあるこの静寂すぎる道にガラガラと響くこの騒音は相当なものかもしれない。どうか誰も起こしませんようにと願いながら少しゆっくり目に歩いた。

この感覚、久しぶりだ…なぜか胸がざわざわする感じ。実家を出てから数年経って、夜道を歩く事なんて慣れたはずなのにどこか心細いような感覚に襲われている。今更何を怖がってる?少しばかし安全な場所に居すぎたのかもしれない。





しばらく歩いて辿り着いたのは私の隠れ家。別名 タコさん公園。今夜はここで夜を明かす事にした。


ここにはブランコや砂場、ジャングルジムなどもあるけど私のお気に入りはタコの形をした大きな滑り台だ。


この公園の一番奥に鎮座するあの子の元へ向かいながら、ここへ来たのはどの位ぶりだっけ…なんて、考えなくてもわかる事を考えながらブルゾンのポケットに手を突っ込んだけど、当然あの線香花火は見当たらない。









あの日、ポケットに潜ませていた線香花火。

私が何を伝えようとしてるのかも知らずにはしゃぐ姿はまるで無邪気な子供のようで微笑ましかったのにいきなり静かになったと思えば、火球を見つめ始めた伏し目が急に色っぽく見えて。そのコロコロと変わる表情に私は静かに鼓動を早くさせた。

あなたはとてもズルい人だよね。無自覚に私を翻弄させてる事に全く気づいてない。


 「おっ?おっ?ゆーりちゃんのそろそろヤバいんちゃう?火球めっちゃ震えてんでw」


こんな風にふざけてからかったってもう手遅れだという事にも…

本当は色んなセリフを考えてた。鈍感なあなたにも伝わるような言葉を幾度も思い浮かべて。でもそんなの全部飛んで行ってしまった。儚げに咲いた火花に照らされるあなたが息を飲むほど美しくて…言葉よりも先に吸い込まれるかのように口づけをしていた。


まぁ、その後見事にフラれてしまったけど…






そんな甘酸っぱいようなほろ苦いような想いが残るこの公園に今夜たったひとりで来るなんて我ながら自縄自縛過ぎて笑えてくる。


何とも言えない感情を引きずりながら歩き辿り着いた目的の場所を見上げると、色褪せたピンク色のタコが今も変わらずユニークな顔をして私を見降ろしていた。


 『どうせまた来たかって思ってるんやろ。そんな冷たい事言わんといてよ。僕たち親友やん。』




この滑り台には死角というのか、あまり人の目に留まらない所に謎の行き止まり穴があって、何の為にあるのかわからないこの場所が私のお気に入りの定位置だ。筒抜け穴ではないから雨もそれなりに防げるし、風が吹き抜けないから案外暖かい。人ひとりとキャリーケースならぴったり入れる広さで壁が絶妙なカーブを描いていてとても座りやすいところも気に入っているポイントだ。落ち葉や砂が溜まりやすくて、ここへ入る前にはいつもそれらを取り除いてからでないと入れないのが難点ではあるけれど。



ヒューーー… カラカラカラ…


それにしても今夜はとても冷え込んでる気がする。どこかから風に吹かれた落ち葉が転がるような音がして、あまり汚れてないといいけどと思いながら中を覗いてみると、


 『え、』














ガラガラガラ…


 『寒っ…』


まさかあんな場所に先客が居るとは思わなかった…

こんな寒い夜に行き場所がないのは自分だけじゃないんだな…


あの公園までダメとなるとどうしようか、、

そう考えた時、

頭の中に浮かんだのが吉子さんだった。







そんな経緯で家の中に入れて貰ったけれど、こんな時間に突然訪ねたりして普通に考えたらかなり迷惑だよね…それなのに文句ひとつ言わずに招き入れてくれたこの人は神様か仏様なのかな…



朱『そんなとこ行かんでもすぐ家に来ればよかったのに〜。はい、ココア』

 『ありがとうございます…』


吉子さんはソファーに座る私の隣りに腰掛けて、両手に持ったマグカップの片方をこちらへ手渡してくれた。ココアの甘い香りと、吉子さんの穏やかな表情のおかげか、少しホッとした。


 『なんとなく…こんな時間に起こすのも申し訳なくて、、(結局来ちゃったけど…)』

朱『何みずくさい事言うてんねん。いつでも来ていいってここを出て行く時にも言うたやろ?』

 『そうだけど…』

朱『とりあえず、体冷えてると思うから温かい内にココア飲み。猫舌のゆーりちゃんの為に少しぬる目にしといたで』

 『え?そんな事までしてくれたん?、、吉子さん…ほんまありがとう…』

朱『可愛い可愛いゆーりが火傷したらあかんからな♡』


そう言いながら頭をポンポン撫でられて、少し目の奥が熱くなった気がした。

吉子さんはいつもこうして私を甘やかしてくれる。血の繋がりがある訳でもないのにどうしてこんなに優しくしてくれるのかは今でもよくわからないけど…彼女は私にとってどんな存在と言えば言いのだろう、、

家族じゃないけど…家族みたいな人…かな…



吉子さんとの出会いは17歳の時だった。

色んな人に声を掛けては引っ掛かった人の家に泊めて貰うなんて日々を送っていたあの頃。今思うと随分怖いもの知らずでスリリングな毎日を過ごしていたと思う。

その日も何の気なしに目に止まった人物に声を掛けて、何人目かで立ち止まってくれたのが吉子さんだった。







私を家に招き入れる大人は世間的に見たらどう映るんだろう。良い人?それとも悪い人?そんなどうでもいい事を考えながら長い髪をなびかせる綺麗な人の後ろをついて歩いた。


家に着いた途端、この人は私に色んな質問をした。年齢、学校、親の事、どうして家出してきたのか、どうして自分に声掛けてきたのか。嘘と事実を織り交ぜながら話す私の話をずっと険しい顔をしながら聞く姿はまるで事情聴取している刑事のようだった。

でも、こんな質問はだいたいの人がしてきたし何とも思わない。始めはみんな親身になって話を聞くような素振りを見せるから。でも、次に来るのは決まって、" 明日の朝には出て行って "という言葉。もしくは、あっちの趣味がある人なら体を求めてくるか。女性の場合は前者のパターンが多いけど。

どうせこの人も今までの大人達と同じだろうなんて思ってた。

でも、

その日から1日経ち…2日経ち…

気づいたら1週間もの間、この人は私をここに置いてくれていた。



 『あの、、朱里さん…』

朱『どうした?』

 『出て行けって…言わないんですね…』

朱『え、何で?』

 『だって、、もう1週間も経ってるから…』

朱『もうそんな経った?!時の流れってほんま怖いよなぁ』

 『・・・』


あまりにあっけらかんとしてる姿にこちらは呆然としてしまった。この人の考えが全く読めなくて。

この前も、私に何かして欲しい事はないかと訊ねてみたけど『うーん…特にないなぁ』なんて言われてしまったし…

今までの大人達は家に泊めるかわりの条件を必ず示してきた。寝泊まりさせて貰うんだ、それが当然なんだと思ってた。それなのにこの人は何も言ってこなくて、一体何の為に私みたいな得体の知れない人間を家に置いてくれてるのか全く理由がわからなかった。


 『邪魔だと思わないんですか?私の事…』

朱『うーん、全然。』

 『…』

朱『むしろ可愛い妹ができたみたいで嬉しいで?頼んでもないのに毎日家事までやってくれるし、できた妹やなぁって感じ♪』

 『、、妹…』


さすがに何もせずに家に泊めて貰うのは申し訳なくて、できる範囲の家事をしていただけだったけど…

そんな風に言われたの初めてだ…

 
朱『だから、夢莉ちゃんもあたしの事お姉ちゃんだと思ってくれてええねんで?』


お姉ちゃん…

そういえば昔、一人っ子だった私は幼稚園児の頃、『お姉ちゃんかお兄ちゃんがほしい!』なんて無理なお願いをして父と母を困らせた事があったな…

まさかこの歳になってお姉ちゃんになってくれる人が現れるとは思わなかった…


 『フフッ…』

朱『なに笑てんねん。あ、冗談やと思ってる?』

 『いえ…そうじゃなくて、、』


なんだろう、、


 『なんか…しんどい…』


朱『…え、、』


この人と一緒に居ると調子が狂ってくる。


 『、、嬉しくて…しんどい…』


この言葉が合ってるのかわからない。
今の気持ちを表す事のできる言葉を私は知らないから。


今までの大人達はみんな、私の事を蔑むような目でしか見なかったのに…この人は違った。


 『…』


朱『夢莉ちゃん』


 『…はい』


その大きな瞳からは温かさしか感じなくて。


朱『…もし…嫌じゃなければやけど、話したら楽になる事だってあると思うねん。だから、あたしで良ければ何か抱えてる事あったら話してほしいな』


だからかな…

今まで誰にも話したくなかった過去を初めて話してしまった。でもやっぱり話さなければよかったと思った。一通り話し終えた私の目の前にはとても悲しそうな顔があって、この人を悲しませてしまった事に申し訳なさを感じたし、何より今自分の置かれてる状況は人をこんな顔にさせてしまうような事なんだと思い知らされてしまって…


朱『大変やったな、、まだこんな若いのに…つらかったな…』


私…つらかったのかな、、


そんな風に考えた事なかったけど、


 『、、っ、』


なぜか涙が止まらなくなった。


ギュッ


朱『安心して。これからはずっとここに住んだらええよ。これからはあたしが、夢莉ちゃんの家族になる。』




この時、温かな腕の中に包まれながら少しだけ思い出したような気がした。

母がこうして抱きしめてくれた、幸せだった遠い日の記憶を。




捻くれ者だった私は吉子さんの言葉を完全に信じた訳では無かった。こんな神様みたいな人いる訳ないし、あまりにうまい話過ぎて何か裏があるかもしれないと疑ったりもした。
でも、一緒に過ごす中でそんな疑心は少しずつ薄れていった。吉子さんの言葉には嘘がなかったから。学校にも行かず、働きもせず、ただ無意味に生きてるだけの私なのに。本当の家族のような温かみを与えてくれた。












 『いただきます…フゥーフゥー…』

朱『さや姉と喧嘩でもしたんやろ?』

 『(ゴクッ)、痛てっ!!』

朱『ちょっと大丈夫?!まだ熱かった?!』

 『っ…ううん、今舌が少し切れててさ…ちょっと滲みただけだから大丈夫』


本当は少しどころではない。目に涙が滲んでくる程、じんじんと痛む舌に温かなココアは思いの外シミた。

でも、自分がしてしまった事に比べたらこんな痛みどうって事ない。そんな事よりも、きっと同じように痛みが走るに違いないし、その度に今夜の出来事を思い出させてしまう罪悪感の方が大きかった。

それにしても何も話してないのにこんな的確に言い当てられるとは思わなかった。あの出来事は、喧嘩なんて可愛らしいものではなかったけど…


朱『で?何があったん?話したくないなら無理には聞かへんけど…』

 『、、』

朱『夢莉の事やから、聞いてほしくてここに来たんやろ?違う?』

 『、、、違う…』

朱『(じー)』

 『、、く…ない…です…』

朱『やっぱりw』


はぐらかそうとも思ったけど鋭い視線を浴びて嘘を突き通せる訳も無く…

やっぱり敵わないな…

この人は何でもお見通しなんだ…

自分の事をこんなにわかってくれる人がこの世にいるなんて、少しの恥ずかしさもあるけど素直に嬉しいと思う。

でも、

何からどう話したらいいんかな…
私が彩さんの事を好きなんて吉子さんは当然知らない訳だし、、こんな話突然聞いたら絶対驚くよね…でも実は彩さんから聞いてる可能性もあったりするのかな…
 

 『、、』


朱『ゆっくりでええよ?夜はまだまだ長いからな。』


無理矢理聞き出そうともしないし急かす訳でもなく、話しやすい雰囲気を作ってくれた。

こんな話しても大丈夫かな…

以前、同性愛に全く偏見はないと話してたしその辺の心配はないけど…さすがの吉子さんでも今日の出来事を聞いて引くのは間違いない。でも、自分だけではこのモヤモヤとした気持ちを消化できそうもなくて、、


 『、、実は…、、』


だから、聞いて貰う事にした。

彩さんと私の間にあった今までの事と、今夜あった事を。
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