* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 8
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 『相変わらず素敵なお店ですね』

篠「うん。季節に合わせて内装も少し変えてるんだよね。そういうお客を楽しませてくれる心遣いも好きなところなんだよね〜」


今夜は事務所の社長と吉子さんと自分の3人で食事をする約束をしていた。

少し早目に到着した私と社長は先に入店して吉子さんを待っているけれど、約束の時間はとうに過ぎていた。

もしかして道に迷ってるとか?…

この店は大通りから少し離れたわかりづらい場所にあるから可能性有りだ。


 『もしかしたら道に迷ってるかもしれないので一回電話してきます』

篠『あぁ、大丈夫だと思うよ。朱里とは何度もここ来た事あるから。』

 『え、そうなんですか?』

篠『うん。今頃タクシーに乗ってこっち向かってるんじゃないかな。きっと仕事が長引いちゃったんだね。あの子、本当にいつも忙しそうだから』


社長は普段、時間にとても厳しい人だから機嫌を損ねてしまうかもとヒヤヒヤしてたけど、意外とへらへら笑ってる姿に内心ホッとした。


篠『喉乾いたし、先に飲み物頼んじゃおっか』

 『そうですね。どれにしますか?』

篠『どーれーにーしーよーおーかーな〜…、今日は車だしノンアルにしよ。ゆーりはハイボールかな?』

 『サラッと未成年飲酒させようとしないで下さいよ』

篠『冗談だってば〜w マイケルジョーダン♪』

 
この、南極へ一気にワープしたかと思うほど寒い親父ギャグをぶっ込みひとりで大笑いしてるのが私が所属しているモデル事務所の社長 篠田麻里子さんだ。

昔は自身も人気ファッション誌の専属モデルを務めていただけあって、もの凄くスタイルが良くてめちゃくちゃ美人だ。仕事中は常に冷静沈着でクールな雰囲気をまとってるからか、あまり深く関わった事が無い人からは怖そうな印象をもたれるらしい。でも実際は親父ギャグが大好きだったり、パンダグッズを集めていたり、毎日飽きもせずカレーを食べていたり…結構謎が多くて見ていて飽きないとても面白い人物だ。


篠『ゆーりももう明日で二十歳かぁ…月日の流れってほんとに早いよねぇ』

 『そうですね…でも自分が二十歳になるなんて全然、実感ないです』

篠『大体の人がそうなんじゃない?心が追い付かないみたいな』

 『そうなんですかね…』

篠『そうだと思うよ?篠田なんていまだに心の中10代だし。』

 『それはちょっと問題有りですね』

篠『なんでよ〜w でもさぁ、ゆーりが成人するなんてあたしはとっても感慨深いよ…だってあたし達が初めて会ったのは確か、、幼稚園…』

 『高校生です。(年齢的には)』

篠『あれ、そうだっけ?w こんな小っちゃくなかった?』

 『そんな小っさくないですw』

篠『ははっ、今日もツッコミ冴えてるね〜さすが大阪人!』

 『奈良ですけどね』

篠『おっと、それは失礼しましたw 』


社長とはいつもこんな感じでふざけた会話しかしない。もっと真面目な話もたまにはした方がいいのではとも思うけど、社長がこんなんだからまんまとペースを持ってかれる。まぁ、こんな緩い空気も嫌じゃないけど。


篠『そういえばお父さんとは?今も会ってるの?』

 『…はい』

篠『そっか。じゃあ次は明日か…』


家庭の事情は所属したばかりの頃に話してあった。

当時は話す必要性が有るのか正直迷ったけど、吉子さんと相談して知ってて貰った方が活動しやすいだろうという結論になり、話す事にした。



父とはずっと疎遠だった。

実家を追い出されてから2週間程経った頃、やっぱり家に帰りたくなって公衆電話から自宅に電話を掛けた事があった。拒絶されるかもしれないし、また殺されそうになるかもしれないけど…とりあえず父ともう一度話したかった。

でも、



 " おかけになった電話番号は現在使われておりません "



その音声を聞いた途端、物凄く嫌な予感がしてすぐにその足で家まで走った。


さすがにないよね…

大丈夫、

父は私を置いて消えたりなんかしない。

そう、自分に言い聞かせてた。


でも、


 『ハァハァ…、、』


父と住んでいたアパートの扉には

"入居者募集" の張り紙が貼ってあった。

その張り紙を見た瞬間、頭の中が真っ白になって、一気に全身の力が抜けて崩れ落ちた。



 『、、何で…』


父からしたら私の存在なんて生きていく上での足枷でしかなかったという事だろう。

でも私まだ17歳だよ?ここに戻ってくるかもとか少しは考えなかった?

母が亡くなってからずっと苦しみながらもなんとか二人で頑張ってきたし、自分なりに父を支えてきたつもりだったけど…絆なんかなかったんだ。たった二人きりの家族だったのに…


もう何も頼れない。

ひとりで生きていくしかない。

そんな現実を突き付けられて、どうして自分だけがこんな目に合わなければならないんだって絶望した。
父への愛情が憎しみに変わり、その醜い感情が増すのと比例するように体のあちこちに切り傷が増えていった。でもこんな浅い傷では死ねない事がわかり、ここらで一番高くて見晴らしの良い建物の屋上に向かった。



ゆっくり手すりに手を掛け下を覗くと腰が抜けそうな程の高さだった。


お母さん、

私…今まで頑張って生きてきたよ。

でももう疲れちゃった…

ここから飛べばきっと母のもとへ行ける。

そしたら笑顔で "よく来たね" って言って、

抱きしめてくれるよね?






 『、、』



そう願ったけど、、

本当にそうだろうか…

母が家を出たあの日、一緒に連れて行ってくれなかった時点で答えはもう出ているように思えた。

そう考えたら飛べなかった。

あの世に行ってまでもまた、母に拒絶されたら…それこそ私はどうしたらいいのかわからない、、




それからの私はこの世に生きてる意味を見い出せないまま、無意味な延命措置をしていた。

底をついた預金通帳は捨てた。

食べる物や泊まる場所、お金を得る為に身体を使った。


いつになったら楽になれるだろう…

いつになったら死ねるんだろう…

そんな事ばかり考えてた私の心は死骸そのものだった。


そんな生活を数か月続けていた頃、吉子さんと出会ったんだ。彼女との出会いが私の人生の転機と言っても過言ではない。

吉子さんから与えられる温かみ。死んだはずの自分の心に体温が戻っていくような日々。それから何となく流されるようにモデルの仕事を始めるようになって、少しずつこの仕事を頑張ってみようと思えるようになってきた頃だった。





 " ねぇ、見て見て、あんな所で寝てる人いるよ "

 " ほんとだ、酔っ払い?関わりたくないわぁ… "


そんな言葉がどこかから聞こえてきた。


仕事帰り、寄りたい場所があっていつもは通らない道を歩いていた時だった。



ボロボロの服を着て、だらし無くいびきをかきながら道端に寝転がる男の手には大きな酒瓶が握られている。



 『…』


まだ生きてたんだ…


もう自分の中では死んだ人だと思ってたこの人を私は心の底から冷めた目で見ていた。


そのまま通り過ぎてしまえばいい。


私を見捨てたこの人を助けてやる義理などないじゃないか。







そう思うのに、、




 『、、父さん…起きて…』


気づいた時には路上で寝転がる父の肩を揺すっていた。










ピコン


 『あ、吉子さんもうすぐ着くそうです』


"もうすぐ着く" というLINEが送られてきて、急いで店の外に出て出迎える事にした。


そして程なくして近くに停まった1台のタクシーから見慣れた女性が凄い勢いで飛び出して来て、そのあまりの慌てようについ吹き出してしまった。


朱『遅くなってホンマごめん!!めっちゃ待たせたよな?』

 『そんな慌てなくて大丈夫だよww 仕事だったんだから仕方ないよ』

朱『本当はな、もっと早く行けるはずやってん!でも仕事が全然進まへんくてさ〜もうめっっちゃ疲れたぁ(泣)』

 『それは大変だったね、今日も1日お疲れ様です。よしよし〜』

朱『、、なぁ、さや姉にもこういう事してたん?』

 『え?、うん…そうだけど…なんで?』

朱『なるほどね』

 『?』

朱『麻里子様はもう中おるん?』

 『うん、先に料理注文してくれてる』

朱『そうなんや!あぁ〜お腹ペコペコ〜ここ来るの久々やからめっちゃ楽しみ〜♪』


ここは都内の創作鍋料理店。社長のお気に入りの店で、事務所の新年会は毎年ここで行うのが決まりになってる。


朱『麻里子様〜お久しぶりです〜♪』

篠『朱里〜久しぶり〜♪元気にしてた?』

朱『はい♪この通り元気です!』


この二人は吉子さんが大学生の頃からの付き合いらしい。


運ばれてきた美味しい鍋と創作料理に感動しつつ、昔話に花を咲かせお酒をたしなむ二人を見ているとなんだか凄く素敵に見えて、大人になるのも悪くないなと感じていた。そんな私が飲んでるのはもちろんお酒ではなくただのジャスミン茶なんだけど。


篠『始めたばかりの時はアルバイト感覚というか、いつ辞めてもおかしくないような危うさがあったよね』

 『確かに…』

篠『でも最近のゆーりは一皮も二皮もむけて完全に人が変わった。プロとしての自覚が芽生えたと思うし、その姿勢が感じられるって現場スタッフからもカメラマンからの評判も上々だよ』

吉『スゴイやん!ゆーり!』

 『いやいや、私なんてまだまだなので…もっと頑張ります…』

篠『ハハッ、ゆーりは褒められてもいつもこうだよねw でも、らしくていいと思う。その謙虚さと向上心は大事だよ』

朱『うんうん』 

篠『篠田に足りなかったのはきっとそこなんだろうなって最近思うんだよね。人気がある事に過信しちゃダメだった。だからゆーりはそのままでいてね。来年も奈々と一緒に"ななゆーり"としてバンバン売り出して行くから。期待してるよ!』

 『うぅ…ちょっと…プレッシャーで胃が痛くなってきたかも…』

篠『www』

朱『ちょっと麻里子様、あんまりゆーりいじめんといてな?!』

篠『ごめんごめんw 篠田的にはそんなつもりなかったけどw ゆーりは本当に面白いなぁw』





ジャーー…


 『…』


その後、本当に胃が痛くなってきてお手洗いに立った。社長はとても優しいけどたまにああやってプレッシャーをかけてくるんだよな…

今年になってから先輩モデルの岡田奈々さんと一緒の撮影になる事が多くて、ファンの子達からは "ななゆーり" なんてコンビ名で呼ばれるようになり、有難い事に知名度がグンと上がったのは自分でも感じていた。でもそれは自分の実力ではなくて。悔しいなんて言ったら生意気かもしれないけど、奈々さんの事はとても尊敬してるからこそ、いつか追い越したいと思ってる。もちろん百花さんの事も。こんな風に思えるようになった自分はきっと少しは成長してるはずだ。



 『顔ヤバ…』


目の下にできた酷い隈をひと撫でしてから洗面台を後にした。




このお店は暖簾が掛けられた半個室と個室があるようで、社長が予約してくれたのは個室の方。

お手洗いから戻り、スリッパを脱いで横開きの戸に手を掛けると二人の声が聞こえてきた。



篠『あれからどうなの?』

朱『何が?』

篠『例の高校時代からの想い人の話。』


えっ、高校時代からの想い人?!

吉子さん好きな人おったん?!


よくよく考えてみれば吉子さん自身のそういう話はあまり聞いた事がなかった。でもこんなに綺麗な女性なのだからそういう話があったって何ら不思議じゃないよね。吉子さんが好きになる人って一体どんな人なんだろう…
別に盗み聞きするつもりはなかったけれど、興味津々となってしまった私はこのまま戸を開けられずに聞き耳を立てていた。



朱『どうって…特に何も変わってへんよ。
"素敵な親友"、やらせてもらってます。』

篠『ハァ…ほんと呆れた…いつまで伝えないつもり?高校も大学も一緒で今や職場まで一緒で…まさか寿退社まで見送るつもり?』

朱『そうやな…でも、それでもいいかもって思うねん』

篠『はぁ?』

朱『まあまあ最後まで聞いてやw 前はな、彼氏出来て幸せそうな顔とか別れてツラそうな顔見る度にどうしてあたし男じゃないんやろって悔しかった。もし男だったらあたしにもチャンスあったし、幸せにしてあげられたかもしれないのにって…でも、性別なんか関係なかった』

篠『…』

朱『その子今、女の子に恋してるみたい。多分やけど…』

篠『えぇぇっ!』

朱『もうびっくりやろ?w 、、結局、性別ちゃうかった。男じゃないからとかじゃなくて、あたし自身が彼女にとって恋愛対象にならなかっただけだったんやって残念やけど実感してさ…だから告白する以前にもう既に失恋確定しててん』

篠『朱里…』

朱『そんな悲しそうな顔せんといてよw 自分でも不思議やけど意外ともう吹っ切れてんねん。彼女が見つけた恋を素直に応援してあげたいと思ってる。だからもう、この想いとはさよならする事に決めてん。いつまでもうじうじするのも嫌やしな!』

篠『…でもさ、本当にそれでいいの?こんな長い間想い続けてきたんだし一度くらい気持ち伝えても罰は当たらないと思うけど?』

朱『そんなつもりない。振られるってわかってんのに今更告白したって気まずいだけやんw それに、親友やったら別れはないやろ?それならあたしはずっとそのままでいい。』 

篠『、、朱里の中ではもう決心ついてるって事ね』

朱『うん』

篠『そっか…なんか切ないなぁ…』

朱『しんみりするのやめようやw あ、この話はお願いやからゆーりの前ではせんといてな?』

篠『どうして?』

朱『いいから!もしゆーりの前で話したら麻里子さんの黒歴史の数々全部バラすで?』

篠『了解っ!口が裂けても話さないから安心して!』
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