* 短編

□蛍
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この日、発表する事は事前に知っていた。

彩さんの背中を押してあげたいと思う反面、

やっぱり寂しくて、発表してほしくないと

思ってしまう自分もいて、ライブ前日の私は

明日なんて来なければいいのにとさえ

思った。

でも、そんな願い叶うわけもなく

運命の日を迎えてしまった。

そして、

ライブ初日は大歓声の中、幕を閉じた。



最近の私は東京で仕事があると、

彩さんがひとり暮らしする家によく

泊まらせてもらうようになった。

よく泊まるからとパジャマを置かせて

貰う程。

そして今も私は彩さんの家にいる。


スーッ…スーッ…


私のすぐ隣りで寝息を立てている可愛い人。

前から寝付きの悪かった私だけど、

最近は余計に眠れなくなった。

眠れないというよりかは、眠りたくなくて。

寝てしまったらすぐに朝が来て、

彩さんとの別れの日が近づいていく。

それが物凄くイヤで、恐かった。


子供のような可愛らしい寝顔を見つめる。

この小さな体で今までどれだけの重圧に耐え

私たちの知らない所で涙を流してきたの

だろう。

昨日泣きすぎたせいか赤く腫れてしまった

彩さんの瞼をそっと指で撫でる。



時が止まればいいのに

君と過ごした夏がもうすぐ終わる


彩さんが作った曲が頭の中でずっと

繰返し流れていた。

今年の夏は流しそうめんやバーベキューなど

とにかく沢山楽しい思い出を作ろうと

約束しているけど、きっとあっという間に

そんな楽しい日々は終わってしまうんだろうな…


 「とうとう言っちゃったね…」


卒業発表をしてしまった今、

もう後戻りは出来ない。

本当に卒業してしまうんだ、、

ずっと恐れていたカウントダウンが

始まってしまった。

しっかり送り出してあげようと決めた

はずだったのに…

その現実を受け止めたくないと駄々を

こねる自分がいる。


 「うぅ、、」


涙を我慢できなくなって、彩さんに

背を向けた。

卒業すると打ち明けてくれた日から

絶対泣かないと我慢してきたけど、

卒業発表したあとの、ファンからの

温かい彩コールに小さな体を震わせながら

泣いているあの後ろ姿を見てから

もう我慢なんてできなくなった。

体中の水分が全部出てしまったんじゃ

ないかと思うくらい散々泣いたのに、

一度緩くなった涙腺はなかなか元に戻らない

みたいだ。

泣きたくなんてないのに私の目からは

止めどなく涙がこぼれ落ちてきた。



もし、

卒業しないでほしいと泣いて懇願したら

彩さんは卒業を取り止めてくれた?


そんな事を考えてしまう自分が嫌になる。

彩さんは8年間も自分の事は二の次にして

NMBに時間を費やし沢山の愛を捧げて

くれた。

そんな彩さんの旅立ちを喜んで祝福して

あげたいと思ってるし、そうあるべきだと

わかってるのに、どうしてこんなに

悲しんでる自分がいるのだろう。

彩さんが安心して卒業できるように

強くなりたいと思うのにそうなれない

弱い自分が不甲斐なくて悔しくて堪らない。

こんな姿を見せたらきっと彩さんを

不安にさせてしまう。

早く泣き止まなきゃ…そう自分に言い

聞かせるけど無理だった。


 「っ、、、」


すると突然、ふわっと温かいものに

包まれる感覚がした。

大好きな香りがする…

後ろから彩さんが抱きしめてくれた。
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