* 短編

□snowflake
2ページ/5ページ





あーあ…

なんであたし猫なんかなぁ…

公園に居るとよく、ベンチに座った疲れた顔したおっさんが『お前は自由でええな。俺も猫になりたいわ』なんて話し掛けてくるけど、こっちだってなれるもんなら人間になりたいわって思ってる。


 「あぁぁー人間になりたい…」


リンリンリンリン…


ミ『フフッまだそんなアホな事言うてんの?』


 「…アホな事ってなんやねん、失礼やな」


ブロック塀の上に座りながら考え事をしていたらいつの間にか声に出ていたらしく、その独り言を良く通る鈴の音を響かせながら歩いてきた例の物知りな友達に聞かれてしまった。


ミ『無理なもんは無理やねんからもう諦めたら?』


 「そんな簡単に諦められるもんならとっくにそうしてるわ…」


コイツの名前はミユキ。

真っ黒な短毛である私とは正反対で真っ白な長毛が目を引く美猫。オス猫たちのマドンナ的存在のミユキは私みたいな野良とは違ってちゃんと飼い主がいる猫だ。その証がしっかりと首に巻かれてる。


 「また勝手に出て来たんやろ。あのゴツいおっさんに怒られても知らんで?」


ミユキの飼い主は物凄く大きな屋敷に住む厳ついおっさんで、オス猫たちからかなり恐れられてる人物だ。屋敷から出てはいけないと言われてるのにその言いつけを全く守ろうとしないミユキになぜかこっちがいつもヒヤヒヤさせられる。


ミ『大丈夫やって。あの人あんな怖い見た目してるけど私にはめちゃくちゃ甘いから♪』


 「…あっそ。」


コイツに掛かればオス猫だけじゃなく人間までもイチコロという訳か。


ミ『でも…人間になってどうしたいん?』


 「え?」


ミ『もし仮に、何かの奇跡が起こって人間になれたらサヤカはその子とどうなりたいん?』


 「どうって、、とりあえず仲良くなりたいなって思ってるけど。」


ミ『仲良くなるだけなら今のままでもなれるやろ?人間にならなできない事とか考えたりしてる?』


人間にならないとできない事?

夢莉ちゃんと仲良くなりたいとは思うけど、具体的にどうこうしたいとかないと言うかわからんと言うか、、


ミ『まさか何も考えてへんの?…』 


だけど、いつも妙に鋭いミユキから冷ややかな視線を浴びせられてその通りですなんて言えなくて…


 「っ、んな訳あるかいっ!ちゃんと考えとるわ!」


ミ『じゃあ言うてみてよ。』


 「えっと、、だからぁ、、まずは仲良くなって、狭いとこに一緒に挟まったり、ネズミ狩りに行ったり、お互いの毛づくろいしたり?あとは…たまに頭とか顎を撫で撫でしてくれたら嬉しいなぁ〜なんてw」


ミ『なんやそれ。ふざけてんの?』


 「…え?」


ミ『聞いて呆れて開いた口も塞がらんわ。全っ然人間ちゃうやん!人間は狭いとこ挟まったりネズミ狩りなんかせえへんの!』


 「え、そうなん?」


ミ『そんな事も知らんの?それじゃあただの猫やん!猫的思考でしかないねん、このアホ猫!』


 「ア、アホ猫?!っ、だって人間になった事ないねんから人間がする事なんか知るかよ!」


ミ『ハァ…やっぱり何も考えてへん…せっかくじぃじから人間になる方法聞いてきてあげたのにこんな考えなしで大丈夫なんかなぁ…』


 「え、、、、えっ?!何そんなんあんの?!!え、マジで?!えっ?!!」


ミ『ちょっと、うるさい!落ち着いて!』


 「っ、ごめんなさい…」


ミ『…パパが絶対的信頼を持ってる占い師が居ってな。その人が飼ってる猫のじぃじにこの前聞いてん。人間になれる方法はないかって。そしたらたったひとつだけあるって…』


 「、、」


人間になれる方法があるなんて本当に?

あまりにも驚き過ぎて頭が真っ白だ…


ミ『でもこの方法は一か八かの賭けで、100%人間になれる保証はないらしい。神様の気まぐれなんやって。』


一か八か、、

神様の気まぐれ、、


ミ『成功したらええけど…』


 「、、?」


ミ『もし失敗した時は、、』















 「ハァ…」


ミユキと別れてからは適当にふらふらと無心で歩いてたけど気づいた時には最近お気に入りになった寝床に辿り着いていた。

この場所は随分広くて狭い場所が好きなあたしからしたらあまり好みではなかったのだけど、雨風は防げるし誰かが置いていったふわふわな毛布に包まってみたらとても寝心地よくてそれ以来ずっとここで寝ている。だけど今夜はあまり落ち着かない。ミユキから聞いた話がずっと頭の中をグルグルしてる。


一か八かの賭け。

もし成功したら夢莉ちゃんと同じ人間になれる。

でも、失敗したその時は…


 「あぁぁー、止め止め。今日はもう考えるの止めた!」


考えれば考える程怖くなった私は眠れそうもないし喉が渇いたから川へ水を飲みに行く事にした。





ペロペロ…


不味い…川の水ってなんでこんな臭いんやろ…ママがくれるお水の方が美味しいや…早く朝にならないかなぁ…

なんて考えながら仕方なく川の水を飲んでいると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


男『なぁ、俺と付き合ってって!お願いやから!』

 『だから無理です!何回断ればわかってくれるんですか?付き合えませんってずっと言ってるのに…』


この声って…もしかして…


どこかから聞き覚えのある声が聞こえてきて、その声と匂いを頼りに川から離れて声のする方へ近づいて行くと、


 「ニャ!(やっぱり!)」


川沿いにある公園に大好きな夢莉ちゃんが居た。まさかこんな所で会えるなんて嬉しすぎる!!いやぁぁ、水飲みに来てよかったぁ♡


なんて、初めは暢気に思ったけど…

見知らぬ男と何やら言い合いしてる。あれ誰だろう?見たことないし、この匂いも知らない…もう空はこんな真っ暗なのに夢莉ちゃんどうしてお家に帰ってないんだろう?ママに怒られないか心配になってきて二人の様子をそっと園内にある木の後ろに隠れて見ていると、、


男『お前何様なん?!人の気持ち踏みにじりやがって!!ちょっと可愛いからって調子乗んなよ!!』

 『いつ私が調子乗ったって言うんですか?そっちが勝手に好意持ってきてそれを断ってるだけですよね?』

男『っ、、だからぁ、ほんま頼むって!俺の何が不満なん?見た目もカッコいい方やし金も持ってんで?あんなバイトせえへんでも好きな物何でも買うたるからさ!それでええやろ?』

 『ハァ…そういう問題じゃないから…何でわかんないかなぁ…』

男『じゃあ何が問題なん?』

 『あなたの人間性の問題です。見た目とかお金とかそんなのどうでもいい。お金で何でも手に入るとか思わないで下さい。それじゃあもう失礼します。二度とバイト先にも来ないで下さい。』



ひぇぇぇ…

大声を張り上げる訳ではないけど夢莉ちゃんめちゃくちゃ怒ってた…ダークなオーラが見えました…

あの男、一体どんな悪い事したのか知らんけど、夢莉ちゃんを怒らせたらダメという事だけはわかった気がした…


テクテク…


夢莉ちゃんが歩き出したから私もそのあとを追うように歩き出した。こんな暗い夜道をひとりで歩いて帰るなんて危な過ぎるでしょ…無事お家に到着するまで見届けなきゃという使命感を胸について行くと、


タタタタッ…


 「っ、」


突然巨大な物体が目の前を通り過ぎて行って、それがさっきの男だと匂いですぐにわかった。


ガシッ


 『っ、何ですか?!』


男『もうええわ。お前みたいな見た目だけの女なんかこっちからお断りなんじゃボケ。』


 『…そうですか。それならよかったです。じゃあこの手、放しで貰えます?』


男『それはできへんなぁw』


 『は?、ちょっ、何なんですか?!』


男『今まで女から振られた事なんかあらへんかったのに…プライドをズタボロにされたんや。一発くらいヤラせて貰っても罰当らんやろ。』


 『っ、冗談でしょ!!誰がアンタなんかと!!絶対イヤ!!』


男『あはははっw そんな弱い力じゃ全然抵抗できへんなぁw ほら無駄な抵抗やめてさっさと来いよ!!』




 「・・・」


えっと、、あれは、、何してるのかな、、

帰ろうとしてた夢莉ちゃんをあの男が手を引いて公園の奥へ連れて行こうとしてる…


なんかわからないけどヤバい事が起こってるような気がする、、

どうしよう…

どうしよう…

こんな真っ暗な所に他の人間の姿なんか見当たらなくて…


ドクッドクッドクッ…


 「っ、、」


だんだん鼓動が強くなってるのがわかる。 夢莉ちゃんの身が危ない、そう直感で感じて、今この状況で夢莉ちゃんを助けられるのは自分だけだって気づいたから。


タタタタッ…


助けられるかな…なんて


そんな弱気でどうする?


助けるしかないでしょうが!!


猛スピードで二人の元へと走って行った。夢莉ちゃんの匂いを追ってどうか無事で居て!そう願いながら必死に走って辿り着いた私の目に映ったものは、、



ビリッ!


男『おとなしくしてろコラッ!』


バチンッ!バチンッ! 





あたしが見たのは、


夢莉ちゃんの上に覆い被さった男が泣いてる彼女を殴ってる場面だった。


何度も

何度も

何度も…



その瞬間、



自分の中の何かが吹っ切れたんだ。


 













 "もし失敗した時は、、その時は死ぬだけや…人間になる事もなく、生き返る事も無い…この賭け、やれる覚悟ある?"



ミユキから聞いた、人間になる方法。


それは、


自分の死に際にしかチャンスは訪れない。


ママが言ってたけど、私は若いからまだまだ長生きできるらしい。


という事は、


チャンスを掴むには病気になるか不慮の事故に遭う事くらいしか方法がない。


そんな現実に少し絶望した。


そして何よりやっぱり、


 " 死 " が怖いんだ。


だって100%じゃないんでしょ?


もし失敗したらあたしはどうなるの?


この体とこの魂はどこへ行っちゃうの?


そう考えたら怖くて怖くて堪らなかった。


でもね、


今のあたしは全然怖いと思ってないんだ。


こんなに自分よりも大きな怪獣のような男だというのに。

何度地面に叩き付けられても、だんだん体が動かしづらくなってきても、まるで自分が勇敢なライオンにでもなったかのような気持ちでいる。

好きな子が居るって本当に素敵な事だね。こんなちっぽけな自分でも、信じられないくらい強くなれるんだよ。それがわかっただけでも儲けもんなのかもしれないな…


でもさ、、


やっぱりあたし、、


人間になりたい。


人間になって夢莉ちゃんと仲良くなって


それで、、、


好きって言いたい。


夢莉ちゃんに伝わるように


人間の言葉でちゃんと伝えたいんだ。


だからお願いです、神様。


この賭けに私が成功するか失敗するかはあなたの気まぐれなんですよね?あなたからしたらただの暇潰し程度の事なのかもしれないけど…

人間に恋をした一匹の猫がこれからどうなるのかちゃんと最後まで見届けてくれませんか?

絶対、退屈にさせませんから!

だからお願いします!

どうか、、

どうか、、、



男『痛っ、、何なんだよ!うぜぇーなコイツ!!!死ねよ!!!』


ドンッ!!!





















 『っ、、っ、、』



誰かの声が聞こえる…



 『っ、、サヤカ…』



夢莉ちゃん?…



 『ごめんね…っ、私のせいで…』



やっぱり夢莉ちゃんだ…



 『っ、、っ、』



あの男の匂いはもうしないし、

多分、助ける事できたんだよね?

無事で本当によかった…



 『っ、、サヤカ…』



初めて名前呼んでくれたね。

なんか少し恥ずかしいけど嬉しいな…



 『やだよっ、、っ、、』


泣かないで、夢莉ちゃん…

せっかく可愛い顔してるのに台無しやんか…

それにさ、抱っこなんてしたらアカンやん。

こんなに近づいたらまた痒くなっちゃうのに…


でも、ごめんね。

こんな時なのに、

どこか喜んでる自分が居るんだ…

だって、ずっと近づきたかった夢莉ちゃんが

こんなに近くにいるんやもん。

夢莉ちゃんの腕の中はとても温かくて、

やっぱりいい匂いがする。

大好きな匂いに包まれて、

なんだかとても幸せな気持ち。

こうされてると、あの日の事思い出すな、、

夢莉ちゃんと初めて会ったあの日、、




あぁ…

あたしやっぱり死んじゃうんや…

だんだん夢莉ちゃんの顔が見えなくなってきたし…

最後にちゃんとお別れしなきゃ…

夢莉ちゃん、

あの日、あたしを助けてくれて

本当にありがとう。

人間になれるものならなりたかったけど

なれなくてももう後悔ないかもしれない。

夢莉ちゃんにこうして恩返しできたから。

なんて、

潔くなれたらいいのにな…



 「ニャー…」



やっぱり、


人間にもわかる言葉でちゃんと


好きって…言いたかったよ…



















 " その賭けが成功した時、空から真っ白な
雪がひらひらと降ってくるらしいで "



ねぇ、ミユキ。


物知りなミユキでも


知らないものがあったんやね。


あれは、


雪なんかじゃなかったよ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ