* 中編 約束の向こう側

□約束の向こう側 第7話
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 『ハァ…ハァ…ハァ…ここまで来ればもう大丈夫やろ…』


 「ハァ…ハァ…なんか…すみません…」


 『ははっ…謝らんくてええよ。ハァ…あぁ〜こんなに走ったの久しぶりやぁ〜』


駅までの長い距離を猛スピードで走って

きたからクタクタになった私たちは

空いてるベンチを見つけて倒れ込む

ようにして座った。


ふとお姉さんの脚が視界に入ってきて

気づいた。

お姉さんが履いているストッキングの

片方が破れていて、うっすらと膝から

血が滲んでいた。


 「膝、怪我してる…ごめんなさい、、私のせいで…」


 『あぁ、ほんまや。でもこのくらい大したことあらへんよ。全然痛くないから言われるまで気づかんかったし。あっ、でもちょっと靴擦れしたかも…』


 「えっ、、」


 『あはっw ウソウソ!冗談!靴擦れなんてしてへんよ。そんな悲しそうな顔すんなってw』


ドクンッ…


まただ、、またさっきと同じ違和感…

さっきも今も、お姉さんが笑うと

なぜだか胸の鼓動が強くなる。

どうしてだろう、、

それによく考えたらこのベンチ。

二人掛けなんだけど妙に距離が近い事に

気づいて、なんだかいきなり急激に

恥ずかしくなってきた…


ドクンッドクンッドクンッ…


なんだコレ、、さらに心臓の鼓動が強く

なって、早くなりすぎて訳がわからなく

なってくる。

私、、変なのかな…

女性相手にこんなドキドキしてるなんて…

この感覚…これじゃあまるで、、


 『どうかした?』


ドクンッ!!


 「うわっっ!!」


 『ちょっw そんなびっくりせんでもw なんか顔赤ない?体調悪い?』


 「い、いえ…そういう訳では、、」


あぁーもう、、心臓に悪いって…

ドキドキしすぎてどうしたらいいのか

わからなくなった私は視線のやり場に

困って地面を見ていたら、突然お姉さんが

私の顔を下から覗き込んできたのだ。

あまりの顔の近さと、その覗き込んできた

顔がなんというか…可愛すぎて、、

驚いた私は危うく心臓が止まるところ

だった…

この人、誰にでもこんな事するのだろうか…


 『?』


そんな私の気持ちなど知らないお姉さんは

不思議そうにこっちを見つめている。

この状況、、一体どうしたら…


 「あっ、、あの、バイ菌入るといけないし、、ちょっと待ってて下さい!」


そう言って私はとりあえずこの場から

ダッシュして逃げた。

ひとまず落ち着こう、、

そう自分に言い聞かせながら水場を探した。

さっき走ってた時にこの辺りでトイレの

標識があったはず…あっ!あった!

トイレに入り、持っていたハンカチを

水で濡らすと、冷えてた手が一気に温かく

なった。

この時季は出てくる水が温水なのが嬉しい。


本当はコンビニにでも行って新しい

ストッキングと消毒液を買いたいところ

だけど、私のサイフには300円ほどしか

入ってないから無理で…


それにしてもこの胸の高鳴りをどう

自分自身に説明すればいいのだろう…

目の前の鏡に映る自分を見つめ考える。


 「まさかね…」


18年生きてれば一応恋心のそれは

知ってるつもりだ。

別に同性愛に偏見などない。

人が人を好きになる事はごく普通の事だし

性別は関係ないと思ってる。

でもそう理解してても今までの恋愛対象が

男性だった自分にとって、女性相手に

あまりにもそれに似た感情を抱いてる事に

戸惑っているのも事実だった。

それにたったさっき会ったばかりの人に

こんなドキドキしてるなんてありえな

すぎて…きっと勘違いだ。


お姉さんの第一印象は

「顔が綺麗!」 だった。

小さな顔にキリッとした澄んだ瞳と

シュッとした小さな鼻に形のいい薄い唇。

そのあまりにも整ってる顔だったり、

肩より少し長い髪がすごく艶々として

綺麗で、、女子なら誰でも憧れてしまう

ような女性だから、きっとそういう

意味合いからこの胸の鼓動が来てるに

違いない。

きっとそうだ…


鏡を見つめながらそんな事を考え込んで

いたけど、いつまでもここでのんびり

していられないから急いで濡れたハンカチを

絞ってからお姉さんの元へ戻る事に。

あぁ、、またドキドキしてきた、、

どうしちゃったんだ私は、、




 「しみたらごめんなさい…」


 『うん…』


膝を手当てする為にベンチには座らず

お姉さんの目の前にしゃがんだ。

お姉さんからの視線を感じてドキドキ

するけど、そんな様子を悟られないように

冷静を装うので一杯一杯だった。

黒いストッキングが破れて、そこから覗く

真っ白な膝から血が滲んでる。

そこにさっき濡らしてきたハンカチを

当てると、お姉さんから少しだけ痛そうな

声が漏れてなんだかすごく申し訳ない

気持ちになった。

膝を綺麗にしたあと、普段から鞄に入れて

あった絆創膏を取りだしそこに貼った。

確かこの絆創膏は傷の治りを早くして

くれるとおばさんが言っていたから、

その通りにできるだけ早く、傷を残さずに

治るといいな…


 『ありがとう』


 「いえ…」


手当てをしたあと何となくそのまま立って

いると、『座らんの?』と聞かれてしまって

確かに目の前の席が空いてるのに座らない

のは変だよなと思い、気まずいけど緊張

しながらまたお姉さんの隣りに座る事に

した。


 「失礼しまーす…」


 『・・・』


 「・・・・」


座ってみたものの、なぜかお互い無言に

なってしまった。

どうしよう…この沈黙はツラいぞ…

そんな事を考えてたけど、何も良い言葉が

浮かばなくて話せずにいたけど、その沈黙は

お姉さんによって破られた。


 『あのさ、聞きづらいけど、、さっきの援交ちゃうよな?』


 「…えっ?!ま、まさか!!違いますよ!!」


 『そっか。それならよかった』


まさかの問い掛けを受けて、そんな事する

ような人間に見えるのかな…とショック

だったけど、あんな現場を見られた

のだから勘違いされても仕方ないよね…


 『あまり見かけない制服やけど…難波にはよく来るん?』


 「いえ…初めて来ました。なんとなく家に帰りたくなくてふらふらしてたらあの男にナンパされて…あんな事になるとは思ってなかったんですけど…」


 『いやいや、ナンパする男の目的なんか分かりきってるやん。何もなかったからよかったけどさ…気を付けなあかんよ。君、可愛いんやから』


 「っ、、可愛くはないですけど…気を付けます…」


突然可愛いだなんて言われて恥ずかしすぎて

顔が熱くなってきた。

私なんかよりお姉さんの方が全然可愛いし…


それから少しだけ話しをしたけど、


 『それじゃあもうええ時間やし、子供はお帰り。まぁ…家に帰りたくない時もあると思うけどあまり親御さん心配させたらあかんよ』


 「、、はい…」


帰るように促されてしまった。


 『もう絶対知らん人に付いて行ったらあかんで。じゃあね』


お姉さんは優しく微笑んだあと、コツコツと

ヒールの音を響かせて歩いて行って

しまった。

お姉さん、あんなヒールの高い靴履いてた

のに一緒に走ってくれたんだ…

あんな靴、履いた事ないなぁ。


子供扱いされたのが少し嫌だったけど

確かに私は子供だから反論もできない。

どうして私はまだ子供なんだろう、、

もし大人だったら…もう少し一緒に

いられたのかな、、

たった30分ほど前に出会ったばかりなのに

もっと一緒に居たかったなんてあまりにも

素直にそう感じてしまったからもう、

この気持ちを認めざるを得なかった。

恋とはこんなにも突然に自分の意志関係なく

堕ちてしまうものなんだ…


私はどうやら恋をしてしまったらしい。

あのお姉さんに。



でもこの恋は呆気なく終わりを迎えようと

している。

なぜなら私にはだんだん遠くなっていく

お姉さんの背中を追い掛けて連絡先を

聞く勇気がないからだ。

このチャンスを逃せばきっともう会う事は

ないんだろうな…そうわかっているのに

勇気のない自分を情けなく感じながら

お姉さんの後ろ姿をただ眺めていた。


でも、よく考えたらお姉さんはラブホテルの

中から出てきたんだよね、、という事は…

もうそういう仲の人がいるのだろう。

それなら尚更、この恋は終わりだ…

でも、どうして一人で出てきたのだろう?

そんな事を考えながらお姉さんを眺めて

いると突然、歩いていたお姉さんが立ち

止まり、振り返った。


あんな小柄な体から発されたとは思えない

ほどの大きな声であなたは

私にチャンスを与えてくれた。


 『あのさ!』


 「っ、、?」


 『N駅に降りる事ある?』


 「え?」


 『N駅の前にある公園であたしよく路上ライヴしてるからさ、もしよかったら見に来てよ』





これが彩さんとの出会いだった。

ずっと思ってた。

私の人生はなんてつまらないのだろうって。

でも、あなたとの出会いが私にとって

新たなスタートでもあり、とても重要で

とても大きな分岐点だった。
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