* 短編 綺麗な背中【完】

□綺麗な背中 7
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朱『正直に言うていい?』


 『、、うん…』


朱『めちゃくちゃ嫉妬深い束バッキーみたい』


 『やっぱり?』


朱『うん。さすがに引くかも』


そうか、、

そりゃそうだよね、、

吉子さんの反応を見て、改めてなんて事してしまったのだろうと頭を抱えた。

そもそもどうしてあんな事になってしまったのか、、自分でも戸惑ってるくらいだ。まさかこの私があんな事するなんて思ってもみなかったし…自分が自分で無くなってしまったようだった。

あの公園で告白した時は自分の事を少しでも意識してくれたらそれでいいなんて心の余裕はまだあるように思えてたのにそんなのは只の勘違いだったらしい。

あの男と一緒に居る彩さんを見た時感じたのは余裕などどこにも無い、真っ黒でドロドロとしたもの凄く嫌な感情で…でもだからと言ってあんな行動取っていい訳がない。そもそも私達は付き合ってなどいないのだから彩さんを責める資格なんてなかったのに…好きでもない人とキスとかセックスするのかなんてよく言えたものだ。あんなの完全に自分の事は棚に上げての発言だったし、、自分の行動と言動が有り得な過ぎて穴があったら本気で入りたかった。


朱『でもさ、それだけ好きって事やんな』

 『…え?』

朱『その "好き" って気持ちが自分をコントロールできひんくさせるんやと思う。だっていつも冷静な夢莉がそんな感情的になるなんて考えられへんもん。自分でも驚いてるやろ?』

 『…うん』

朱『でも…その気持ちも少しわかる気もするな…』

 『…』

朱『好きな人が幸せならそれでいいって思うし、一番大切にしたい存在なのは変わらないけど…やっぱりいざ目の当たりにしたら私やって嫉妬すると思うもん』


"好き" という気持ちが自分をコントロールできなくさせる…

本当にそうなのかもしれない。あの時の私は自分を止められなかった。

だからといってしてはいけない事をした事には変わりないけど…



朱『興味本位で聞くけど、あたしがもし男の人と仲良さそうにしてるの見ても同じ事すると思う?』


吉子さんが男の人と?…


 『、、、…しない…かな…』

朱『せえへんのかい!わかってたけどちょっと寂しいわw』

 『なんかごめん…』

朱『別に謝らんでもええけどさw されても困るしな?w 』

 
吉子さんが男の人と仲良くしてる場面を想像してみたけど、彩さんの時みたいに嫌な気持ちには全然ならなくて、むしろ幸せになってほしいなんて感じてしまった。

こんなに違うものなんだな…


朱『それにしてもさや姉の奴、夢莉が告白してきたなんてひと言も言うてくれんかった!親友に隠し事なんてけしからんな!』

 『そうなんや…やっぱり迷惑だったんかな…』

朱『何でそうなるん?迷惑じゃないから言わなかったのかもよ?それに、あたしの勘やけど多分さや姉も夢莉の事好きやで?』

 『っ、それは無いよ…だって私フラれたし、、それにさっきも話したけど彩さん、元彼とより戻したみたいだから…』

朱『ほんまにそうなん?さや姉は否定してたんやろ?』

 『否定してたけどさ、、でもじゃあ何でキスしてたのか意味わからんやん?』

朱『うーん、、確かに…』


数時間前に見た二人が重なる姿がまた脳裏に浮かんできて一気に胸がズンと沈んだのを感じた。あんな場面に遭遇してしまったあまりの不運さに自分の運命を呪いたくなる。


 『、、』

朱『でもなぁ…夢莉とさや姉が一緒に暮らし始めてもうすぐ1年やろ?少なくとも何とも思ってない人とこんな長く同居するタイプだとは思えへんねんなぁ』

 『それはさ…追い出せなかっただけだよ。彩さん優しいから、、』


私はその優しさを利用してたんだと思う。
人の痛みがわかる人だから身寄りがない私を追い出せやしないという事に薄々気づきながらも極悪非道な私は図々しくもこんな長い間あの家に居座り続けたのだ。彼女のそばから離れたくなかったからなんて私に言う資格なんかないし、言ったところで体のいい言い訳にしかならない。


朱『確かに優しいけど、それだけやないと思うで?前にあたしと夢莉は昔どんな関係だったのか聞いてきた事があって。濁したような聞き方やったけど、あたし達が付き合ってたかどうかが聞きたかったっぽくて』

 『はっ?私と吉子さんが?!そんな事ある訳ないのに!!』

朱『ホンマやで!笑えるやろ?w』


どうしてそんな事?、、


朱『さや姉って普段そういう事聞いてくるタイプじゃないのに結構必死な感じで聞いてきたから驚いてんけどな。多分、夢莉の事だから気になったんだと思う』

 『、、』

朱『色々葛藤もあると思うねん。さや姉は今まで男性としか付き合った経験ないしな。でもだからといってダメだと決めつけるのは早いと思うで?勿体無いやん!諦めずにおったら両想いになれるかもしれんのに!』
 

諦めずにいたらか…

でも、あんな事をして傷つけた事実は消えないし、このまま想い続ける事さえ彼女をまた傷つけてるように思えて…


 『、、』

朱『(じー)』

 『、、何?』

朱『それにしてもまさか夢莉がさや姉の事をねぇ〜と思って』

 『、、そんなまじまじと見んといてよ…』

朱『とうとうユリ男も"恋"を知ってしまったのね…お姉ちゃん泣きそうやわ…』

 『何でw』

朱『前は、『好きとかわかんない』とか、『そもそも人間に興味ないんだよね』なんて澄ました顔して言うてたくせに!』

 『澄ました顔ってどんな顔w 』

朱『え?こーんな顔。』

 『あはははっw そんな顔した事無いから!』


明らかにからかわれてるのに、ふざけながらも優しい表情を向けてくるもんだから怒るどころかもの凄く恥ずかしくなってくる…

こんな風に話が少しずつ脱線するのはいつもの事で。

その後も色々な話をしてたけど、吉子さんに聞いて貰えた事に安心したのかな…いつの間にかまさかの寝落ちをしてしまった私の体にはふわふわな毛布が掛けてあった。





午前8時



朱『(ニコニコ)』

 『どうしたの?』

朱『なんか懐かしいなぁと思って。ゆーりのお見送り♪』

 『確かにそうだね』

朱『やっぱ嬉しいもんやな。こうして見送ってくれる人がおるのって♪』


同居させて貰ってた頃は吉子さんをこうして見送るのが日課だった。もう1年と半年くらい前になるのか…月日の流れって本当に早い。


朱『でも…ほんま良かった…』

 『?』

朱『夢莉がここに来てくれた事が。前の夢莉だったら行き場所がなくなったらまたそこらの人に声掛けたりしてたやろ?そうせずにここに来てくれた事が嬉しいねん。ありがとうね。』

 『なんでありがとう?それはこっちのセリフだよ…』

朱『あはっw あたしが言うのおかしいかなぁ?でも何となく言いたくなってん…夢莉がここに居たいならいつまででもおってくれてええからな。わかった?』

 『うん…ありがとう』

朱『それじゃあ、行ってくるわ』

 『うん。』

朱『あ、そういえばさや姉はここに居る事知らんよな?心配してんとちゃう?あたしから言うとこか?』

 『いや、、言わないでほしい…』

朱『なんで?』

 『彩さんの家には戻らないつもりだから…』

朱『戻らないって…ほんまにそれでええの?』

 『よくないけど…合わせる顔がない…絶対嫌われたから…』

朱『…わかった。とりあえずさや姉に言うのはやめとくな。でも答えを出すのを急ぐ必要はないと思うで?昨晩あったばかりの出来事やし、まだ自分の中でも整理できてへんのやろ?』

 『うん…』

朱『それならもう少し考えてから決めた方が絶対いいと思うけどな。って、あぁぁー!もうこんな時間か!!それじゃ行ってくるわ!』

 『っ、行ってらっしゃい!』


ガチャ、バタン


慌ただしくドアを開け行ってしまった吉子さん。

私が寝落ちした後、少しは寝られたのかな…

絶対寝不足のはずなのにそんな顔は全く見せずにこやかに家を出て行った吉子さんを見て、なんだか凄く申し訳ない気持ちで一杯だった。













 『吉子さん、社長がね、明日の夜久々にご飯行かないかって言うてたけど都合どう?』

朱『え、麻里子さんが?!嬉しー!行く行く!何としてでも行く!』

 『w じゃあ決まり。伝えとくね』


吉子さんの家に来て数日が経った。


今はモデルの仕事が順調なのもあり、昔のようにずっと家に引き篭もってるなんて事はなくて、そんな様子を見た吉子さんは自分の事のように喜んでくれた。今日なんてたまたま現場が遠くて帰りが遅くなっただけなのに私が帰った途端、


朱『おかえり!こんな遅くまで仕事してきたん?』

 『うん』

朱『夢莉、、本当に立派になって…お姉ちゃんホンマに嬉しいで…うぅぅ(泣)』

 『ちょっ、何で泣くん?ww』


冗談かと思ったらガチで泣かれてしまって、その大袈裟な泣き顔があまりにもおかしくてつい爆笑して誤魔化したけど、本当は凄く嬉しかった。吉子さんのこんな顔見たらもっともっと頑張って少しずつでもいいから彼女に恩返しがしたいと思った。

私がなぜモデル業を始めたかというと、街でスカウトされたとかオーディションを受けたなんて格好の付く話ではない。

あれは確か吉子さんと暮らし始めて数ヵ月経った頃。その日は吉子さんも仕事が休みで、私はゴロゴロと寝転がり漫画を読んだりゲームをしたりしてダラダラと1日を過ごしていた。すると突然、吉子さんから叩き起こされた。


朱『夢莉。こんな生活いつまでも送ってたらあんたはダメになる。ヒモはヒモでもな、ちゃんとした人間にならなアカン!ほら、行くで!』


そう言って、半ば強引に連れて来られたのがモデル事務所だった。ここの社長である篠田さんと吉子さんは学生時代からの友人だったらしく、吉子さんはそのツテを使って私を売り込んでくれたのだ。一生懸命篠田社長にアピールしてくれてる吉子さんを尻目に、自分がモデルなんかになれる訳ないと思ってたし全く乗り気じゃなかったのにまさかのトントン拍子で所属が決まってしまった。


こんな仕事、自分とは無縁だと思ってたのに今となっては挑戦してみて本当によかったと思ってる。そのきっかけを作ってくれた吉子さんには感謝してもしきれないくらいだ。





 『吉子さん!こんなところで寝ちゃダメだって!あ、髪もまだ乾かしてへんし!』

朱『んー眠すぎてムリ…おやすみ…』

 『もぉぉー!』




ブオーーー


お風呂から上がりリビングに戻るとソファーで寝落ちてしまった吉子さんの姿があった。何度か声掛けたけど全く起きる気配もないから起こす事を諦め、洗面所までドライヤーを取りに向かい急いで髪を乾かした。風邪ひかれたら困るし髪にも良くないから。

以前同居してた時もこんなのは至って普通によくある事だった。こんな姿を見たら世間の人はダラしないと言うかもしれないけど、当時アルバイトもした事がなかった私からしたら毎日朝から晩まで働くって事は本当に大変なんだなと、この寝顔を見る度に感じていた。


ブオーーー


これだけ好き勝手頭をワシャワシャ触られても起きないなんて逆に感心してしまう。それだけ疲れてるんだろうけど、眠りの浅い自分からしたら羨ましい限りだ。この家に来てからなぜかその症状は余計酷くなったように思う。


 『よし。完璧。』


吉子さんの髪は少しくせ毛だからドライヤーで乾かすだけだと翌朝大爆発してるなんて事がよくあるからちゃんとブローも施した。我ながら完璧だと感じながら綺麗に仕上がった透明感のある茶色い髪を触っていると、嫌でも浮んでくる。たった数日前まであったのにとても遠い昔のように感じてしまうあの日常が。


あの人の髪はとても艷やかで美しくて例えて言うなら光を織り込んでるような黒。サラサラでクセが全く無くてきっと誰もが羨むような髪質だと思う。
私の指が彼女の髪に触れる度に気持ち良さそうに目を瞑り全てを委ねてくる姿はとても愛らしく見えて、抱きしめたくなる衝動を抑えるのは相当大変だった。でもそれと同じくらい、温かな気持ちが満ち溢れてきて、この緩やかな時が永遠に続いたらいいななんて考えてた。




起きそうもない吉子さんをなんとかベッドまで運び、フカフカな掛布団を被せると幸せそうな顔をして眠ってる。


 『フフッ…』


その寝顔に安心しながら昔、吉子さんがわざわざ買ってくれた布団をベッドの隣りに敷いて寝転がりながら天井を見つめる。


 『、、』


ちゃんと玄関の鍵閉めたかな…

御飯、何食べたんだろう…

ちゃんとベッドで寝てるかな…

ソファで寝落ちしたりして風邪ひいてないといいけど…


こんなのはきっと余計なお世話だろうとわかってるけどつい毎晩考えてしまう。


 『寒い…』


まだ季節は秋と冬の狭間だというのに、あったはずの温もりがないだけでこんなにも寒かったんだと気づいた。


11月もあと僅かか…


あなたと出会ったあの日がもうすぐ訪れようとしていた。
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