しゃばけ

□幸せの小箱
1ページ/1ページ

お題より


†幸せの小箱†


―きゅわきゅわ!きゅわきゅわ!

穏やかな晩春の朝。
まだ薄暗い早朝から、鳴家達が離れの前の庭に集まって騒いでいる。

「お前達、朝から何を騒いでいるんだい?少し静かにしておくれよ」

眠そうに目を擦り、一太郎が寝間着姿で部屋から顔を出した。

「若旦那!若旦那!これが此処に!」
「見付けたのは、われが1番!」
「いやいや、われが1番!」

我先に、とばかりに一太郎の周りに集まってくる鳴家達。

「いったい、何があったんだい?」

一太郎が縁側に胡座をかいて座ると、わらわらと膝に上ってくる。

小さな鳴家達が指し示したのは、これまた小さな白い子猫。

「あれまぁ、親猫とはぐれたのかい?」

かわいらしい子猫に、一太郎は顔を綻ばせた。
庭へ降りて抱き上げると、ごろごろと喉を鳴らす。

「おや、若旦那。お早うございます。ずいぶんと早起きですね」

そこに、仁吉が手ぬぐいを手に母屋の方から歩いてきた。
時は、暁7つの鐘が鳴り半刻。明6つにはまだならない。こんなに早く一太郎が起きるのは珍しい。

「お早う。鳴家達が子猫を見付けたんだ。可愛いだろう?」

「本当だ。可愛いですね」

長く生きた妖の仁吉でも子猫のかわいらしい姿には敵わなかったらしく、一太郎の手の中でモゾモゾと動いているところをそっと撫でた。

「腹を空かせているかもしれません。台所へ行けば女中達が朝餉の支度をしてますから、行ってみますか?」

「うん」

連れ立って台所へ行くと、案の定かわいらしい子猫は女中達の注目の的。
炊いた白飯になにも味を付けず焼いた魚を混ぜたものを貰い、勢いよく食べる。

「やっぱり仁吉の言う通り、お腹が空いていたんだね」

「若旦那も、この子猫に負けていられませんよ。朝餉をたんと食べてくださいね」

ここぞとばかりに一太郎に視線を向ける仁吉。
当の一太郎は薮蛇だったと内心冷や汗をかき、食事を終えて満足げに顔を洗っていた子猫を抱えてそそくさと台所から退散した。



明6つの鐘が鳴る頃になると、もう一人の手代であり兄やである佐助が水夫達を連れて朝餉に戻ってくる。水夫達の朝は早く、すでに今朝方に船着き場に着いた大量の荷物は全て長崎屋の倉庫に収まっていた。
朝餉が済むと、方々へ仕分け作業をする。

「お早うございます、若旦那。今朝は早いですね」

「お早う、お疲れ様。みんないつも早いんだね。これ、見てごらんよ。可愛いだろう?」

懐に入れた子猫を佐助にも見せる一太郎。

「猫ですか。これはまた、かわいらしい」

佐助も子猫の魅力には逆らえなかったらしく、大きな手で頭を撫でた。子猫は、佐助が本当は犬神だということを気にもせずにごろごろと喉を鳴らす。

一太郎と兄や達が朝餉を食べている時は、鳴家達が子猫の相手をしていた。
身体の大きさが子猫より小さな鳴家達。
じゃれつかれて平手打ちを喰らい吹っ飛ぶ鳴家あり、組み敷かれてのされる鳴家あり、のしかかられた揚げ句に蹴られる鳴家ありと、いつになく賑やかな朝餉に。
そんな鳴家達の姿を、3人はもちろん屏風のぞきまでが笑いながら見ていた。

鳴家達が根をあげて退散し、ひとしきり騒いで発散すると、子猫は遊び疲れたのか一太郎の膝によじ登り、丸くなって寝る体勢になる。

「これこれ。若旦那はお食事中だ。お前はこちらで寝なさい」

仁吉は懐から手ぬぐいを出すと、書き付けを入れる小箱に敷いた。
そして一太郎の膝から子猫をそっと抱き上げると、その箱の中へ移す。
鳴くこともなく、完全に寝入っている子猫。

「寝ちゃったね」

一太郎は、小箱の中の幸せそうな子猫を愛おしげに眺めた。

「あんなにはしゃいでいましたからね」

「たいしたやんちゃ猫だ」

兄や達も目を細めて眺め、今度は佐助が懐から手ぬぐいを出して上から掛けてやる。

「あんまり幸せそうな顔をしてるから、『幸』って名前にしようか」

突然現れた自分より小さな存在が一太郎にはとても愛おしく、自分がそんな気持ちになれることがとても幸せだった。



藤兵衛とおたえが話を聞き付け、『子猫を拾って可愛がるなんて、一太郎はなんて心根の優しい子に育ったんだろう』と一人息子の行動に涙を流さんばかりに感動し、子猫用にと桐の小箱と小さなふかふかの敷物・掛物を持ってやってくるのは、あと一刻ほど先のお話。





Title:アコオール>>オーエス様

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ