お話

□悪い奴
1ページ/1ページ

「はぁぁぁ…」
夜風に吹かれながら、1人歩く。

寒い。寒いなぁ。結構厚着してるから、寒いのはきっと私の心なんだろうけど。

行くあても、頼れる人も、なんもない。
歩けば歩くほど、考えないようにすればするほど、さっき3分前に見た光景が頭を埋め尽くす。

『いらっしゃい』

気がついたら行きつけの居酒屋に来ていた。いつものカウンターの左から2番目の席でいつもより強いお酒を頼んだ。

「今日は荒れてますねぇ(笑)」

隣に座った鼻が高く横顔が綺麗な女性

『奈々未…』
「なんかあった?」
『別になにもないよ。』
「嘘下手すぎ。涙の跡凄いよ?」
『だからなんにもないんだってぇ…』

ああもう嫌。涙が溜まってく。もう少し、もう少しで__
ブーッブーッ

「麻衣、電話なってる」
『いいの、もう』

いいのかな?もう…

「彼女?」
『そ…家に帰ったら裸体が2つ…』
「あらら…悪い奴らだ。」
『そう、悪い奴ら。』

まさかあの子が浮気するとは思ってなくて、寝室のドアをかけた時、いろんな情報が目に、頭に飛び込んできて…気がついたら家を飛び出していた。

心がぐちゃぐちゃになった私の頭を撫でてくれるこの手が、優しい言葉をかけてくれるこの声が、包み込むように暖かい。

「家で飲もうよ」

そんな事したら私も浮気することになる。でも、

「私達も、しよ?……悪いこと。」

そんな風に囁かれたら断れるわけが無い。
私は静かに頷き、奈々未と夜を過ごした。



「おはよ、」
カーテンから差し込む光と、奈々未の声によって目が覚めた。

「しちゃったね、悪いこと。」
『悪い奴だね』
「ほんとほんと」

服を着ながらたわいもない話をする。

スマホを見るとたくさんの着信履歴と、今朝送られたであろうメールが1件表示されていた。

「帰らなきゃ」
『もう行くの?』
「反省してる彼女が待ってるからね。」
『……このまま私のものになりなよ』

奈々未は寂しそうな、切なそうな目で私を見た。
でも私は、奈々未に下手くそな作り笑いを向けることしか出来なかった。

きっと、本当に一番悪い奴は、私だ。
次の章へ
前の章へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ