曲
□飽和1
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俺が煙草に火を灯した時、見計らった様に雨が止んだ。丁度いい。
肺を満たしていく煙を感じながら、脳裏にふとあの日の記憶が浮かんだ。
ずぶ濡れのまま震える、小さな姿。
そこから始まる、あの夏の記憶だ。
−
「昨日、人を殺したんだ。」
「………は?」
珍しく玄関の戸が叩かれ、扉を開けると彼女がいた。
制服のままの彼女の足元には、およそ普段使いするには大きすぎる鞄がひとつ。
俺と彼女はそこまで仲良くしている訳ではないのだが、どうもスピリットとは元々仲がいい様で、よく3人でつるんでいる。俺のやる事に特に口出ししてこないし、追い払う理由も見つからないから現状維持。
黒ぶちの大きな眼鏡が印象的な女だ。
その彼女が、俺はおろかスピリットを訪ねてくるなんて考えつかなかった俺はまあまあ面食らった。
しとしと梅雨時の雨の中、傘を差してこなかったのかずぶ濡れのままで静かに泣いている。
夏が始まってまだいくつも経っていなくて、今こうしている時だってじっとり汗ばむくらいの気候なのに彼女は俺の前で酷く震えていた。
「………とりあえず入ったら?外でする話じゃないでしょ、それ」
「……………うん、ごめん、ありがとう。」
”「昨日人を殺したんだ」
君はそう言っていた。
梅雨時ずぶ濡れのまんま、
部屋の前で泣いていた。
夏が始まったばかりというのに、
君はひどく震えていた。
そんな話で始まる、あの夏の日の記憶だ。”