中編・短編

□たとえば、
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するり、街中を歩いていると後ろから取られた腕に肩がビクリと震えた。
恐る恐る振り向けば今日はオフのはずの英雄さんがいた。
休みの日にも会えるとは、嬉しいような……だらしない格好をしていなくてよかった。


「あ……ああ…、英雄さん…びっくりした…」
「悪い、驚かせるつもりはなかったんだが……プロデューサーにこんなとこで会えたのが嬉しくてな。つい」


照れ笑いを浮かべる彼に釣られて笑みが溢れる。
英雄さんはそんなつもりないんだろうけど、彼の吐く言葉一つ一つが甘いものに聞こえて仕方がない。
アイドルなのだから、人を惹き付ける何かを持っていて当然、ただ。

──プロデューサーがそれにあてられてちゃあ、どうしようもないよなあ…。


「プロデューサーも今日は休みなんだろ? 時間あるか?」
「あ、はい」
「じゃあ、近くでお茶でもしないか? いいパンケーキの店を知ってるんだ」


頷けば嬉しそうに顔を綻ばせる彼に愛しさがこみ上げてきた。
歩幅を合わせて歩いてくれるのも、目を合わせて話してくれるのも、全部が嬉しくて、自分がプロデューサーじゃなければなあ、なんてことを考えた。
この立場がなければ彼とこうしていることもできないのだけど。

こんなことを考えるのも、想うのも、私が女である証拠なのだな。


「私がプロデューサーじゃなかったらかあ…」


ぽつりと考えてることが口に出てしまって、自分でもびっくりした。
なんて怪しさ満点悩んでますみたいな発言を…! 馬鹿なのか私は…!


「…俺は、プロデューサーが俺のプロデューサーで良かったと思ってるけど」


弁解の言葉を考えてると、英雄さんから慰めの言葉が飛んできて苦笑する。
気を遣わせて申し訳ないな、と言い訳をしようと口を開く。


「はは、えっと、ありがとう、気を遣わせてごめんなさい」
「気なんか遣ってないぜ。プロデューサーのこと尊敬してるし、出会えてよかったと思ってる」


彼はいつもストレートに気持ちを伝えてくれるから、聞いてるとものすごく照れる、その気になる。
人をその気にさせるのがうまいという点は、女の私を誑かす毒にもなるのだ。
熱くなる顔を手で仰ぎながら、消えそうな声でぽそりとずるいな、と呟いた。


「……そんな顔するプロデューサーも充分ずるいと思うぜ」


聞こえてたか。
驚いて見上げれば頬を染めながら困った顔をしてる英雄さん。
それを見てぼぼぼ、と更に顔が熱くなった。

──うわ、うわわ、英雄さん今すごくいい顔してる…!
仕事だったらカメラ持ってたのにな、などと考えていると、英雄さんからトドメの一言が飛んできた。


「勘違いしそうになる」
「…え!?」


ははは、と誤魔化して笑う英雄さんにそれ以上のことは聞けなかったが、きっと、きっとそういうこと、なんだよね?
……勘違い、してほしいんですけど。

2017.01.22
 

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