hpmi 2 麻天狼

□かみさま、ひとつだけ
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私にはどう足掻いたって消せない醜い過去があった。その事を周りの子たちは蔑み、嘲笑った。あの頃に負った傷は今でもたまにじくじくと膿んで痛む時もある。それほどに、その過去は私の心の中に住む悪魔だった。いやもう大魔王だ、サタンだわ。


むっちりと出っぱる頬に鼻は埋もれ分厚い目蓋が持ち上げられず目も埋もれて視界は悪かった。肉の段差によって人より多い関節(に見える)。


そう。私は小学生の頃、とてつもないデブだったのだ。その当時初孫であり一人娘であった(その後妹ができるのだが。)私は甘えに甘やかされ、与えられる食べ物を全て飲み下していった結果。むっちむちのぱんぱんマンの出来上がり、いっちょあがり。


対して気にもしていなかったが、それは小学生高学年に上がるにつれそうもいかなかった。周りの視線は嫌悪にまみれ侮辱に染まっていった。こどもの純粋な悪口はその頃こどもだった私に容赦なく刃を振るう。


「まじで豚が人間の学校きてんじゃねぇよ」
「デブ菌がうつるー!!」
「ふがふが言っててなに言ってんのか分からないんだけど。」
「日本語しゃべって?あ、豚だし無理かー。」



言葉が刃となり私の心を切り刻んで叩き割っていく。ボロボロとその破片は落ちていき、私は笑うことを忘れた。笑っても泣いても、笑ってなくても泣いてなくても、凍てついた視線が私を蔑む。ついに私は言葉も失って行くのだった。





どう思い出したって、ツラいことばかりの子ども時代。消えたかった。私という存在が、私は邪魔だった。消したかった。大人になってまでも私を傷つける記憶を。








───ただ、彼だけは忘れたくなかった。


赤くふわりと揺れるくせ毛。翡翠の瞳を持った、彼を。私は忘れたくなかったのだ。彼を忘れないため、私は私を傷つける刃そのものである記憶を大切に抱き続ける。


まだ泣いてた頃、まだ言葉を忘れていなかった頃。私は夕暮れに染まる教室で、ぐしゃぐしゃになったノートを前に顔をぐちゃぐちゃに濡らしていた。どうして私がこんな目に。何も悪いことしてないのに。誰の悪口も言ってない。少し前まで一緒に遊んでいたじゃないか。理不尽にやって来たいじめという暴力に世界で私が立ち竦んでいた。


「だ、いじょうぶ?」


もう誰も話しかけてくれないと思ってた。でもこの教室には私しか居なかったはずだ。しゃくりあげながら、だぁれ、と問いかける。また、喋るなと罵られるだろうかと答えてから後悔した。すると、ちゃんと返事が返ってきた。


「おれ、観音坂 独歩。」
『どっぽ、くん。』
「ああ。………ひどいな。」
『………。』


彼の視線の先には私のノート。その瞳は本当に悲しみが浮かんでいた。私のために、悲しんでくれた。そんな彼を、巻き込んじゃダメだ。こんな優しい人を私のせいで傷つけられるなんて考えたくない。


『私と喋ったら、嫌われちゃうよ。』


私は彼を突き放したつもりだった。なのに彼は、笑ったのだ。おれも嫌われてるんだ。なんだ、彼も、一緒なのだ。でも、私みたいなデブに嫌がらず話しかけて気にかけてくれて…こんなに、優しいのに。どうして。やっぱり世界は優しくなんかなかった。



「どっぽー!!」
「ひっ、ひふみ!?」



彼を呼ぶ声に、ハッとした。

彼は、私と同じではなかった。彼には名前を呼んでくれる友人がいるのだ。慌てて呼ばれた扉の方に向かうどっぽくん。ああ、なんて烏滸がましかったんだろう。今でも恥ずかしくなる。彼と、私が同じだなんて。


彼は教室を出る前に振り返り、目を合わせた。


「また明日、雪ちゃん。」


柔らかく微笑んだ彼に、名前を知ってくれていたのだと胸が高鳴った。それからもたまに私に声をかけてくれたのだ。釣り合わない。分かってた。でもね、想うことだけは許してください。


私の、初恋でした。












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