hpmi 2 麻天狼

□かみさま、ひとつだけ
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『観音坂さん、今日はお願いいたします。』
「ひっ!、お、俺の営業についてくる、んだよね…?」
『はい、しっかり勉強させていただきます』
「むむむむむ無理ですぅぅぅぅ俺から学ぶことなんてそんな…!」


むしろ俺の付き添いみたいなことさせて申し訳ないなどとブツブツとどんよりした空気を背負う独歩くん。
え、そ、そんな謙遜しなくても。


『観音坂さん、いつも契約数一定は保ってるし長くお付き合いしてるところもあるみたいですね。信頼関係とか築くのスゴそうだなって。』


励ましなんかではなく、ここしばらくデスクワークをして感じていたことを素直に彼に伝える。するとばっとこちらに顔を向けた独歩くん。いつも顔色が悪いが、少し赤らんで見えた。のも、一瞬で。
なに喜んでるんだ、お世辞に決まってるだろ。ていうか何気を使わせてるんだ、俺の分際で。更に独り言が始まった。すみませんすみませんと連呼する独歩くんの肩に手を置き、行きましょうと促した。




そう、最初の2週間は業務を覚えることと、デスクワークから始まった。案の定書類の山々に殺されそうになっている。やっぱりもうやめたい。
自社製品の機能や特徴、使用方法をひたすら頭に叩き込み、プレゼン用の資料を簡単に作ってみたり。

営業職は経験していたが、医療系となるとちょっと難しい。一定の用語もあり、素人からしたらちんぷんかんぷん。2週間はひたすら医療機器、医療用語の勉強に取り組み、やっと今日から実地訓練が始まる。(私が訓練って言ってるだけ。)



実際、観音坂さんの営業はすごいものだった。社内でのネガティブ発言は嘘のように機器の説明、質問への受け答えは完璧。先方と会う前にはメモノートをみて、自分用のプレゼン用紙には付箋やマーカーがついている。メモノートには取引先の病院の特徴をまとめているらしく、取引先がどんな機械を求めているのかを予想しそこをプッシュするのだとか。

学ぶことが沢山あって、感嘆の息を漏らしたのを覚えている。猫背気味の背中も、いつもより伸びて見えた。



それから数回一緒になることがあり、配属されて3ヶ月たち私も一人で営業を回ることになる。
歩き回って足はパンパン、忘れていた靴擦れも再びこんにちは、って感じ。


実は、仕事もキツいが仕事以外でもキツいものがある。それはここの課長、クソハゲ課長だ。女にはセクハラ紛いの発言を投げ掛け男にはパワハラ。残業を部下に押し付けて先に帰るくそ野郎だ。おっとお言葉が汚くなってしまいましたわオホホホホ。

それにしても、独歩くんはハゲ課長に特に目をつけられているみたいで押し付けられる仕事量が半端ない気がする。元から、女に仕事をふるものの量は男性より少ないのはあるが、他の男性スタッフより明らかに多い。


とりあえず私の仕事はおわり、凝り固まった肩を回す。お茶でも入れようと給湯室で二つ分淹れる。


私は明後日のプレゼンのための資料作りでいつもより遅く、残っているのは私と独歩くんだけだ。


『観音坂さん、よかったらどうぞ』
「えっ!美鷹さん!?すすすすすすいません!!」
『いえ、一息つきたかった私のついでです。お節介ですみません。』
「そ、そんな、ありがとうございます」
『…よかったら、少し手伝いましょうか?』
「!?いいです!!」
『ご、ごめんなさい…自分の仕事に手を出されるの、嫌ですよね…』


そりゃそうだ、自分の案件が関わっていたりする資料などあるし下手に触って欲しくないに決まってる。なんて烏滸がましい……

すみません。と頭を垂れて謝る。


「あ、その、嫌とかじゃなくて。ももももももう遅いし女性に自分の仕事押し付けるなんてっ!」
『そんな…あのハゲか…………課長』

あ、ヤバい。ハゲ課長って言っちゃった。このブス裏ではそんなこと思ってんのかとか思われちゃったらどうしよう。

あ、と口許を指先でおさえ、独歩くんの方を見やると豆鉄砲くらったように驚きの表情を浮かべていた。やっぱり誤魔化せないよね。この距離で結構はっきりハゲって言っちゃったもんね。あああああ、と自己嫌悪にかられていると。ぷっと吹き出す声が。気まずさから逸らしていた目線を戻すとクスクスと笑っている独歩さん。
わぁお、笑った。イケメンが笑った。
クララが立ったレベルで感動した。

「美鷹さん、意外と言うんだね」
『……ひみつ、ですよ?』
「っ……てんっ!?(天使かっ!?)」
『てん?』
「い、いや…」
『じゃあ、また時間が遅くない時は手伝わせて下さいね。』



無理やり手伝うことはできないため、そう約束を取り付けてその日はコップを洗って先に退社させてもらう。有言実行なるもので、その後私の仕事が終わったら少しだけ手伝わせてもらうようになった。ハゲ課長の愚痴を溢しつつ少し会話をするようになり、少し仲良くなれた気がする。






配属されて半年が過ぎた頃。繁忙期も少し落ち着き遅くなったが私の歓迎会をしようと話が出た。正直大人数の飲み会は苦手だが私のためにしてくれるものだしと頷いた。とりあえずみんな呑みたいだけさ。日々のストレスをお酒で発散したいだけなのさ。………一体私はどうしたんだろう。



そして開かれる歓迎会。
ワイワイと盛り上がる先輩たち。同じ話ばかりするクソハゲ課長。最初こそ主役だなんのと話しかけられたが酒が進み主旨もへったくれもなくなった頃。やっと解放された。


端の方で飲んでいた独歩くんを見つけ、幾分か静かそうなその席に寄っていく。

『お疲れ様です』
「美鷹さん、こんなところにきて大丈夫なのか??」
『ちょっと疲れたので、隠れさせてください。』


そして再度お疲れ様ですとグラスを寄せると独歩くんもカチンと合わせてくれた。

「美鷹さんは、どうしてうちの会社に…?」
『実は…』


働いていた会社が倒産し、親に実家を追い出された経緯を話す。そこから会話は膨らんでいき、年齢の話になって同い年であることから敬語をなくそう計画に発展。
ゆっくり話す機会もなかったため今イケメンとお酒を酌み交わす内にフワフワと体の火照りと浮遊感を感じ始める。
……ちょっと飲み過ぎた、かも。


──────・・・・

「美鷹さん…?」
『どっぽくん〜』
「ど!?」

一体全体どういうことだ。とりあえず現状整理しよう。今美鷹さんの歓迎会という名の飲み会で会話を楽しんでいたところ。
いや、美鷹さんが楽しんでいたかどうかは分からないが。俺だけが変に浮かれて楽しんでただけだ。そうだ、そうに違いない。

そしてくらくらと微かに左右に揺れる美鷹さんの顔を覗き込めばへにゃりと力の抜けた笑顔を向けられ、あろうことか俺のファーストネームをくん付けで。くん付けで!!呼ばれた!!!いつもは観音坂さんなのにどういうことなんだ。ていうかそのふにゃふにゃの笑顔はダメだ、男みんなやられるぞ。…とにかく思考が追い付かない。


フリーズしていると、さらに美鷹さんはペタペタと俺の顔を触りだした。小さく白い手が、寝不足で荒んだ俺の頬を撫でる。や、やわらかい…って何考えてるんだ!?ていうか美鷹さんも何を考えてるんだ、おじさんをからかってるのか、そうか、いや、同い年なんだが。

『どっぽくんは、昔から優しくて、カッコいいねぇ〜』

ふふふふ、とまた目元を綻ばせる美鷹さんに心臓が痛い。なんだ、新手のハニートラップか何かか。誰の指示だよ俺が狙われて殺されても何にも得になることないぞ。

って、え?昔、から…?
もしかして、美鷹 雪…
同姓同名の別人だと思っていたが、小学生の頃の同級生であることに気づいた。すごく、可愛らしくキレイになりすぎて、分からなかった…。
そうか、それでどっぽくんなのか。

変に合点がついたところでお開きの声がかかる。
帰りますよ。と声をかけると ん〜 と小さく唸りながらもゴソゴソと帰る準備を始めて立ち上がるもふらつく美鷹さんに慌てて腕を貸す。


『ご、ごめんなさい。酔いすぎですよね。。。』
「い、いや……よ、よければ掴まってもらってて大丈夫だから…」
『すみませ…』



体を無闇にさわらない程度に支えながらタクシーに向かう。左腕に控えめに捕まる美鷹さん。目線を少し下に下ろすと髪からふわりと香る甘い匂いに胸が高鳴り、自分より小さい体にきゅんとする。

か、かわいい…って、まてまて。これじゃあまるで変態じゃないか!!いやでもきゅっとジャケットの肘の辺りを握る仕草にキュンとしないやつはいないはず…。


「美鷹さん、タクシー来たぞ。住所言って帰れるか?」
『…かえれますよぉ。』


顔を覗き込んで伺えばふにゃふにゃな美鷹さんに不安がぬぐえない。ふふふ、と笑う美鷹さんの周りに花がとんでいるのは幻覚か。

『どっぽくん…優しいですねぇ。。。昔も、今も。』

店内でも聞いたような話を再度し始める美鷹さんは俺から少し距離をとって向き合う形になった。

『ひとみも、きれいで、吸い込まれそ……
昔、すごくすきだったんです。初恋、でした。。。』

ぐいっとスーツのラベルをきゅっと引っ張られ、至近距離で瞳を見つめてくる。


ち、ちちちちちちかい!!!!!
え、ていうか、す、す、すすすすす……!?!?ははははは、はつこ…!?
何か聞き間違いか……!!!!


美鷹さんがよろめいたのか、さらにグッと前傾姿勢に引っ張られ、無かった距離がゼロになる。掠めた、唇同士。そしてそのまま胸元にダイブしてきたので何とか踏ん張って抱き止めた。



『あ、すみませ、よろけちゃ…て、』



うそだろまさかそんな。
テンパった俺はとりあえず美鷹さんをタクシー突っ込んだ。ここらへん、記憶が曖昧であまり覚えていないがかなり動揺したせいで割りと手荒にタクシーに押し込んだと思う。ごめんなさい。



ああ、明日俺はセクハラで社内に噂がまわって辞職するはめになるに違いない。


あんな美人とキスだなんてラッキースケベと世間では呼び、喜べばいいことかもしれないが俺は素直に喜べるはずもなくまた眠れない夜を過ごすのだった。






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