hpmi 2 麻天狼

□かみさま、ひとつだけ
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目を覚ますと、自室の天井が視界に広がる。
私の中に渦巻くのは絶望だけ。
体にはガンガンと頭痛が残っている。

二日酔いだ。
昨日の失態はぼんやりと覚えてる。死にたい。
今日は土曜日で休みだが、月曜日のために明日は出勤しようと思っていたところ。今日はぐだぐだ自己嫌悪に苛まれながらベッドの中で過ごすこととなった。



───・・・・


前述した通り、今日は休日出勤。観音坂さん休みじゃないかなぁ。気まずさで出勤したくないが結局月曜日には顔を合わせることになるため遅かれ早かれ時間の問題であって。諦めるしかない…


おはようございます、と出社するとやはり隣の書類の山の中にジャケットを脱いでストライプのシャツの背中が見えた。私の声が聞こえるなり、彼の肩が跳ねたのは見間違いじゃないだろう。


『おはようございます、』
「っっっ!!!!お、は…」


尻すぼみではあるものの、挨拶を返してくれた観音坂さん。やっぱり優しすぎか。…いつも通りに接してたら、話せるようになるだろうか?
隣のデスクなのに、いつもより距離を感じるのは気のせいではないはず。とりあえず、コーヒーでも淹れようかな。


『あの、良ければコー』
「きゅ、きゅきゅきゅきゅ休憩に出てきます!」


声をかけようとするなり、ガタンと立ち上がって財布を片手に逃げるように出ていってしまった。
そうですよね、いきなりチューする女なんて嫌ですよね。

ていうか、彼は昔の私を知っている。あの頃の美鷹 雪だと分かってた上でキスされたなんて、デブだったやつが何するんだって思うのは当たり前だろう。ごめんなさい。

いつも通り接してたら、だなんて虫が良すぎる。ちゃんと、誠意をもって謝るべきだ。



そう意気込んだのはいいものの、その後もことごとく避けられ結局退勤することになってしまった。目が覚めた時から避けられるだろうことは分かっていたが、こうも あから様だとかなり落ち込む。

なんでよりにもよって隣のデスクなんだ。気まずい。異動してから、初めて観音坂さんの隣の席であることを恨んだ。




家について、スーツのままドサリと音を立ててベッドに倒れ込む。昨日は二日酔いで動けず布団を干せてないせいかふかふかさはない。そうか、布団さんも私と一緒にヘタリとしぼんでるのかい。ありがとうよ…。

ゴロリと横を向い て掛け布団を抱き締める。
次第に視界が滲んで、目尻から溢れた涙は枕を濡らした。


『うっ…ううぅ…っ』


1人だから我慢する必要はないのに、奥歯を食いしばって嗚咽を飲み込む。涙はボロボロと止めどなく流れていくが私の後悔は消えない。むしろ自分自身への憎しみが増していく。なんで、あんなこと言ったの。なんで、あんなことしたの。なんで、あんなにお酒のんじゃったの………


目を閉じた目蓋の裏に、ムチムチな昔の私の姿があった。彼女は私を指さして嘲笑った。

昔と一緒。姿、形が変わったとて中身は変わらない。なのに彼が優しく接してくれるからって調子にのって。今の私なら、なんて心のどこかで思ってたんでしょ。



『ち、がう。そんなこと、ない…』



自惚れも甚だしい。普通に接してくれるだけありがたいのに、あんなことして。自分に自信もってなきゃできないに決まってる。いやらしい。杜撰な計算で行動して、結果がこれ。バカみたい。



『ちがう、そんなつもりなかった…!ごめん、ごめんなさい…!』


過去のトラウマが、ジクジクと炎症を起こして膿んでいく。ああ、そうだ。私はまた、初恋だった人が近くに現れ浮かれてただけだったんだ。


変われない。でも、ここで逃げたら、また変われない。私ももう30手前になるいい大人だ。いい加減にしろ。



変わりたい。変わらなきゃ。



ぐしぐしと涙を手の甲で乱暴に拭い、スマホのメッセージアプリを開いて震える指先でなけなしの勇気を言葉に込めた。





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