hpmi 2 麻天狼

□かみさま、ひとつだけ
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付き合って1ヶ月ちょっとが経った。年甲斐もなくはしゃいでいる私は絶賛無敵モードで仕事もなんとかこなせているし独歩くんともらぶらぶである。
でもやっぱり独歩くんはいつも忙しそうだけど。独歩くんに仕事を押し付けるクソハゲのくそぼけ。会える時間が減るじゃないか。



この一ヶ月の間、私たちは新しくお互いのことを知り、関係性は深くなっていった。同級生だったこともあり、敬語はなしになり独歩くんと堂々と呼んでいる。そして独歩くんには一二三さんという同居人がいて女性恐怖症であるということも教えてもらった。


『独歩くん、お疲れ様…終わりそう?』
「ああ、いや…まだだな…」


定時から4時間。私の仕事はようやく片付いた。隣のデスクでパソコンを打ち続ける独歩くんに声をかけるとげんなりした様子で返事が来る。


『終電まで時間あるし、手伝うよ。』
「雪はもう終わったんだろ?帰れるときは帰った方がいいぞ。」


ていうか仕事が終わらないのは俺が愚鈍で仕方がないせいであって手伝ってもらうとか申し訳ないって言うか情けない。それもこれもみんな俺のせい……とネガティブモードで呟きだす独歩くん。


『あのね、独歩くんと私の仕事量ぜんっぜん違うんだからそんなこと言わないの。独歩くんの仕事じゃないやつもあるでしょ…独歩くんが優しくて断らないことをいいことに押し付けすぎなのよ。』


自分の仕事も責任もってやらないやつは最低だ。と嫌悪感を隠さずに口にすれば独歩くんは私を女神かと称えるような目線を送ってくる。いやいや、正論言っただけ。


『独歩くんは頑張ってます、はなまる百点です。』


そう伝えるとデスクに顔を埋める独歩くん。私の方に顔を向けてへにゃりと笑った。


「はは、雪に褒められた…」


う、そんなとろけた顔しないでドストライクです。
とりあえず独歩くんの仕事じゃないものなら私がやってもいいだろうと奪って書類を整理して開けたままのデスクに向かう。


『……、少しでも一緒に居たいからっていう下心もあったりして。』
「っ……ずるいぞ…」


そう言われると断れないじゃないか、とこぼす独歩くんにしたり顔で返して手を動かした。今回は独歩くんを手伝うが、もちろん逆の時もあるし私がたまにへまをしたときはフォローしてくれたり困っていることがあれば気づいて声をかけ教えてくれる。まったく、頼れる先輩だ。



付き合ってから、やっぱり信じられないと独歩くんが不安で喚くこともしょっちゅうあったが私のあの恥ずかしい証明を無かったことにするのかと問い詰めて好きだという言葉を独歩くんが浸かるぐらい伝え続けてなんとかここまで続いている。恥ずかしい記憶ではあるが、私のなけなしの勇気が無駄にならずに済んでいるのでまぁ良しとする。

私のことを好きと言ってくれるなら、私は自信をもって愛情表現をいくらでもぶつけることが出来る。これは自分自身、本気で恋をして付き合ってから分かったことだ。私こそ酒の勢いで体を重ねてしまったから仕方なくなんじゃないのかと言い返してしまうこともあったがそれはない!絶対に!と必死に伝えてくる独歩くんを信じることにした。





仕事は常に忙しく、休日であってもどちらかが休日出勤だったりと中々予定が合わずデートらしいデートはあまり出来ていない。仕事終わりに晩御飯を一緒に食べたり私の家に来たことが数回ある程度でお日様が輝いている時間は会社に籠るか営業で駆け回ることしかできていない。しかし、その時間が唯一の至福の時間となっていた。



定時から6時間。手分けしてなんとか仕事を捌ききる。二人して長い息を吐きながら伸びをする。


「ありがとう、助かった…」
『いえいえー!仕事任せてきた人には私から仕返ししておくね』
「え?」
『コーヒーをわざと薄くしたりぬるーくして出したり〜、会議の資料のホチキス歪んだやつ渡したり〜』
「ふはっ、地味な嫌がらせだな。」
『気づかれない程度のことでも、気持ち晴らしてやらないと。独歩くんがやらされっぱなしじゃむかつくから!』


仕返しという不穏な響きに戸惑う独歩くんだったが私の幼稚な嫌がらせの内容に吹き出して笑った。ぷりぷりと怒りながら地味な嫌がらせの計画をたてていると頭を撫でられる。帰るか、と立ち上がって会社を後にする。忙しいくてツラいけれど、時間を共有できるし会社で顔を見ることも出来る。たったそれだけのことが幸せだなんて、年甲斐もなく浮かれていることは明白だ。







だから私は忘れていた。私の実家はド田舎だってことを。







順調に交際をすすめて3ヶ月。流石に二ヶ月の間に休みが合い、一回だけだが映画デートもした。一二三さんは夜に仕事をしているとのことで夜にお家にお邪魔させてもらうことも数回。もちろん髪の毛一本残していないか確認しておいとまするよう心がけて。もちろん大人なので身体を重ねることもあり体温も分けあって、激しく求められることは私の女の部分は歓喜していた。人が変わったかのように求めてくる独歩くんは色っぽくて男らしくて私の思考は毎度ぐちゃぐちゃに掻き回されてる。


好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなテレビ番組、映画ジャンル、音楽。お互いにお互いのことを知り尽くしていく。まだ片想いだった時には知らなかった彼をどんどん好きになっていく3ヶ月。これ以上好きにさせてどうする気ですか。そうして私の家の窓辺にはサボテンが鎮座するようになった。


今日は仕事はお休み。そして独歩くんが仕事終わりに家に来る予定だ。家の掃除を済ませ、晩御飯にオムライスを作ろうと下準備も終えてある。さて、今日は休日出勤の上に残業は何時間だろうか。と思っていると連絡が入る。思ったより早かった。といってももう19時だけど。


しばらくしてチャイムが鳴り、迎え入れる。

『お疲れ様、おかえりなさい。』
「たっ、ただいまっ」


声が裏返った独歩くんにくすりと笑みが溢れる。

『お腹空いた?オムライスだよ』
「空いた…オムライス…最高かよ。」
『うん、すぐ作るね。』


食事も終えてテレビを眺めながらクソハゲの愚痴を言い合う。折角一緒にいるからこの話やめよう、楽しいこと話そうかと切り替えたその時、私の携帯が着信を知らせる。



『あー…まじか。』
「どうかしたか?もしかして…仕事?」
『ううん、お母さん。』


ちょっとごめんね、と断って通話ボタンを押すと大きい声量が通話口から飛び出した。うるさいよ…


『もしもし、お母さんどうしたの?』
〈どうしたじゃないわよ、あんた全然顔もみせないし声も忘れそうだわ。元気にやってるの?〉


そう言えば、今の部署になってから忙殺で連絡を居れていなかったことにいわれて気づく。


『うん、元気。忙しいのよ、ごめんね。』
〈元気ならいいんだけど…そういやあんたいい人居ないの?もう30にもなるんだしそろそろ身を固めなさい。〉
『あ、それなんだけどね、』
〈あの結城さんとこの倅さんが〜〉

私の話なんて聞いちゃいない。そうだったそうだった。こっちで就職して連絡をする度に結婚はまだかと急かしてくる母親にうんざりして連絡を控えていたのも思い出す。お付き合いをしている人がいることを伝えようにも、矢継ぎ早にご近所さんの話が広がって終いには


〈あんたのとこに、写真送っといたから食事でもしてみなさい、じゃあ体調に気をつけてね、おやすみ。〉


言いたいことだけ言った母は通話をやめて携帯からはツーツーとなんとも虚しい音だけが残された。 ……ていうか、写真って……

そろり、と独歩くんのほうに視線をやれば真っ青な顔をして汗を滝のように流している。そうなるよね、あんなけ声が大きければスピーカーにしてなくても内容は筒抜けだ。


『電話ごめんね。』
「ああ、いや……おかあさん、元気な人なんだな…」
『うるさいだけだよ。』
「………写真って…」


あ、やっぱり気になりますよね。


『……今時お見合いって……』
「………
そう、だよな…。そろそろ身を固めないと家族も心配だよな。雪なんて可愛くて優しくて気が利いて最高の女性なんだから引く手あまただし、お見合い相手も雪のおかあさんが決めたんだったらいい人に決まってるし俺なんかよりよっぽど信頼されてたよりになって明るくて引っ張っていってくれる人なんだろうな… 俺なんか根暗で要領も悪いしどんくさくていつも人をイライラさせるプロみたいなもんだしよっぽどじゃな」
『すとーーーっぷ!!!!』



ネガティブを加速していく独歩くんにブレーキをかける。うつむく独歩くんの両頬を包んで視線を合わせる。


『私、お見合い受けるとも、会ってみようかなとも、いい人がいないとも、なーんにも言ってません。』
「う、でも…」
『でももだってもへちまもないよ。私は独歩くんが大好きだし、私と独歩くんは恋人です。違いますか?』
「……………」


それでも不安に瞳を揺らす独歩くん。

『……私の愛情表現、足りてなかったですか。』


そう聞けばおずおずとゆっくり横に振られる首にほっと安堵する。足りてなかったらショックだ。



『独歩くん、結婚してください』
「はい………って、え!?!!?!?」



私の爆弾発言に素直に頷いたかと思えばがばりと仰け反って私の両手から顔が離れる。また勢いでなんてことを言ってしまったんだ。ムードも指輪もないプロポーズ。



『…指輪用意しとけばよかったなぁ。』
「ちょ、ちょっと待て。え、は、はぁ!?けっ、けけけけけけ、結婚って!雪と、俺が!?」
『はい。私と、独歩くんで。』


『………嫌ですか』
「っ……俺、かっこつかないな…。」



はぁ、とため息を付いてまた猫背が丸まってうつ向いた。どうしたの。と伺えば付き合うことになったのも、プロポーズも、雪からだと。なんて情けないんだと落ち込んでいるみたいだ。


『………お返事は?』
「…可愛いくせにカッコ良すぎるよ、お前は。」



こんな情けない俺でよければ、と抱き締められた。独歩くんが素直に受け止められなくたって、情けなくたって、私が勇気をだして捕まえておいてあげる。何度だって好きだって伝えてあげる。


『、好き。大好き。』
「俺も………あ、あああああ、あいし、てる…」



どもりながらも愛を伝えてくれる独歩くんの背中に回した腕にもっと力を込める。このまま体温が混じり合って一緒になりたいぐらいだ。とくりとくりと少し早めの鼓動を感じながら、幸せを噛み締める。



幸せの時間。
神さまがくれた、たったひとつの宝物。








『お見合いは断っておくね。』
「次の休みは、指輪を見に行って役所に行こう。」
『その前に両親に挨拶だね。』
「……急に憂鬱になってきた」


そう言って私の肩にぐりぐりとおでこを擦り付けてくる独歩くんに笑ってしまう。まだまだ入籍するまで時間がかかりそうだけど、これからもこの人と幸せを分かち合えますように。









-完-



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