hpmi 2 麻天狼

□ペントバルビタール
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今日も今日とて満員電車に揺られ出勤してきた。行きたくないと頭の中で警報が鳴っているのにも関わらず身体は目覚めて仕事にいく準備をしているのが我ながらに信じられない。正気か、俺。いや正気だったら今もこんな職場で働いてないか。電車ではヒールに足を踏みつけられたし今日も最悪な幕開けである。踏まれたのも、そんなところに足を置いてあった自分のせいなんだろう。俺が悪い。全部俺が俺が俺が俺が…

「なぁ、聞いたか?新しい女がここに異動してくるんだってよ。」
「聞いた聞いた。しかも主任だろ?俺らより若いって聞いたぞ。」
「まじかよ、どうせまた上から目線の高飛車女だろうな。」

脳死状態でひたすらパソコンに文字を打ち込んでいると、そんな話が耳に入る。最近はこの話題で持ちきりだ。はぁ、年下にすらこき使わかれるのか。まぁ一生平社員確定の俺なんかはそういう使命なんだろう。深いため息をこぼしてエンターキーを押し込んだ。




そしてやってきた女性こと美鷹 雪さん。リクルートスーツを身に纏いしゃんと背筋をのばす彼女が眩しかった。それに比べて俺は直りようもない猫背で美容室にも行けないもっさり頭の冴えない人間で…ああ、鬱だ…。

『前は製薬部でのMRの補佐的立場で営業をしていました。医療機器製品を取り扱うのは初めてなのでご指導、ご鞭撻のほうよろしくお願いします。』

ぺこりと低姿勢で挨拶を済ませた彼女は、うちの部署で噂されてた内容とは真反対だった。それからあのハゲ課長が部下の肩書きなのにも関わらず彼女にヘコヘコしている。どうやら部長からの推薦で、忙しい部署の投石となればとやってきたみたいだ。部長にごますってるのが見え透いてるぞクソハゲ…

「美鷹くんにはまず仕事内容を知って貰うことから初めて貰う。ここの班の主任兼チームリーダーとなるから頼んだぞ。」
『改めて、よろしくお願いします。』

俺も含まれたチームの主任になったようで課長に連れてこられた彼女はそのチームデスクにやってきた。課長は俺をぎろりと睨んで自分のデスクに戻っていく。何なんだよ…。くれぐれも粗相はするなって事だろうな。くそ、なんで俺がそんな目で見られなきゃいかんのだ。

『まずは各自の営業エリア教えてもらってもいいですか?』
「はい!」
『ありがとうございます。…かんのんざかさん?のエリアが一番広いんですね。』
「は、はい。すみません…」
『?なんで謝るんですか?』

若い女性相手にテンションが上がっているチーム内のやつが我先にとエリア分担表を彼女に渡した。まさか、そっから俺の名前が呼ばれるとは思わず咄嗟に謝ってしまう。首をかしげる美鷹主任に、いえ…と口ごもらせた。

『じゃあ私は慣れるのも踏まえて観音坂さんと一緒に担当させていただきます。』
「え!?おおおおお俺!?」
『駄目、でした?』
「いや、駄目とかではないんですが…」

正直、俺なんかと一緒に回るだなんてイライラさせて不快にさせかねないし何より男達のやっかみの視線が痛い。結局断る口実は作れず、俺に美鷹主任が着くこととなった。

担当エリアで新しく設立される病院への営業が今のメインワークで、あとは今お世話になっている病院へのフォローとなっている。それについてプレゼン内容の検討に入るのだが、

『結構規模の大きい病院ができるんですね。病棟は何科が入るのかはリサーチ済んでるんですか?』
「ええと、とりあえず二次急とICUと産科、NICUが有るのは確認できました。」
『そこがあれば医療機器は必須になりますし、ピックアップできそう…地域包括病棟についてはどうですか?』
「それが、まだ開院は先ということで医師の引き抜きなどのいざこざもあったり内部情報が開示されてなくて…すみません…」
『なるほど。地域包括があるなら在宅用機器も売り込めそうだったんですけど…そういう事情があるなら仕方ないですよ。そこら辺病院は口が固いですし。とりあえず急性期治療に必要な機器でまとめみて、持っていって直接聞き出すしかないかもしれませんね。』

病院のニーズにあわせた営業を行うための情報量を一気に引き出してくる美鷹さんに感嘆の息が漏れる。まじでこの人仕事が出来る。部長のコネだけ、というわけではなく確実に実力でこの役職の肩書きを手に入れたんだな。仕事を人に押し付けて口だけ出してくるどっかのハゲとは大違いだ。

それから美鷹主任とは営業を回ったりプレゼンの資料作りをしたりするがどれもそつなくこなして、むしろ俺のフォローに回ったりしてくれてここ最近の俺の残業時間はぐっと減った。他の社員の中でも、次へのステップアップに向けての会議の進め方や仕事や顧客対応のアドバイスなど、的確な仕事と指示に職場が彼女の話題一色となるまでそう時間はかからなかった。


1.投じられた一石


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